記憶を自由に操作できる世界で、幸せを追い求めることの残酷さを描いた物語だ。
露骨なグロ描写や派手な崩壊シーンはない。だからこそ壊れ方がリアルで、静かに恐ろしい。異常な世界を受け入れるしかない父、盲信する母――そして読者の気持ちを代弁してくれる祖母に一瞬救われたと思った直後、その居場所が映像として流れた瞬間に理解する。この世界は、もう戻れないほど狂っているのだと。
作者の文章は美しい。赤いランプの光、ざらついた感触、機械のような匂い。五感に訴える描写が、静かな空気の中に不安をじわじわと沈めていく。
読後に残るのは「家族とは何か」という問いだけではない。本当に信じられるものは何か――そんな哲学的な問いが、物語の最後にそっと差し出される。
読み終えたあと、不思議と自分の家族の顔を思い出した。唯一無二の記憶と、その温度を、これからも大切にしたいと思わせてくれる。
この作品は一度で終わらせてほしくない。
一周目で理解し、二周目で共感し、三周目で映像として立ち上がった。短編とは思えない密度で、まるで一本の映画を観終えたような余韻が残る。