2026年3月10日 00:29
空き缶への応援コメント
語り手が缶の外にいたのは錯覚だったのか、それともどこまでも「缶の外にいる者」と「缶の中にいる者」との連鎖が繋がっているのか……。いずれにせよ、缶の中身が満ちたときはとんでもないことになりそうですね。
作者からの返信
読んで頂き有り難う御座います。いつも机の上はとっちらかってるんですけど、缶を捨てる日になれば、それらは袋につめてゴミとして処分するのですが、そうではなく、缶の中に色々ゴミを詰め込んでしまって、ゴミ箱として機能し始めた缶って、僕の場合は中々すてられなくて、普通に机の上の定位置でゴミ箱として半年以上は機能するんです。その中は爪だったり、髪の毛だったり、、言ってしまえば僕の体の一部だったモノが捨てられているわけです。もし、それらに自我があったら、、僕とその捨てられたモノ、どちらが本物なんだろう。例えばそれは、僕の体重が60キロとして、集めた爪や髪の毛の重さが60キロをこえたばあい。物質量としては僕を超えていて、その爪の破片に微々たる意思みたいなものが宿っていたとしたならば、どちらが、どちらを捨てたのだろう。つまり、缶の外と中と、どちらが本当なのだろう、、という思考に陥った主人公を物語にしてみました。
空き缶への応援コメント
語り手が缶の外にいたのは錯覚だったのか、それともどこまでも「缶の外にいる者」と「缶の中にいる者」との連鎖が繋がっているのか……。
いずれにせよ、缶の中身が満ちたときはとんでもないことになりそうですね。
作者からの返信
読んで頂き有り難う御座います。いつも机の上はとっちらかってるんですけど、缶を捨てる日になれば、それらは袋につめてゴミとして処分するのですが、そうではなく、缶の中に色々ゴミを詰め込んでしまって、ゴミ箱として機能し始めた缶って、僕の場合は中々すてられなくて、普通に机の上の定位置でゴミ箱として半年以上は機能するんです。その中は爪だったり、髪の毛だったり、、言ってしまえば僕の体の一部だったモノが捨てられているわけです。もし、それらに自我があったら、、僕とその捨てられたモノ、どちらが本物なんだろう。例えばそれは、僕の体重が60キロとして、集めた爪や髪の毛の重さが60キロをこえたばあい。物質量としては僕を超えていて、その爪の破片に微々たる意思みたいなものが宿っていたとしたならば、どちらが、どちらを捨てたのだろう。つまり、缶の外と中と、どちらが本当なのだろう、、という思考に陥った主人公を物語にしてみました。