第1話 恋する同僚
「さてと……そろそろ出社してあげよっかっなぁー」
すっかり指定席と成ってしまった朝日浴びるガーデンチェアから立ち上がり、私はそのオープンカフェから我が社へと続く大通りを、ゆっくり歩き出す。
オフィス街は、今日も会話を交わした事もない人達でいっぱいだ。
途中、同じ社の男性社員に声をかけられるも、適当に挨拶だけしてあしらった。あの人は、いつも飲み会の誘い話しかしてこないので、とても面倒なのである。コミニュケーションは大事だけど、あまり良い噂の聞かない男性社員とは、できるだけ距離を置きたい。
と、思っている間に、今日も愛しの我が社に着いた。勿論、私は『会社命』のカッコいい女性などでは無い。出世とか、昇進とか、そんな窮屈なものには興味ないけど、そこそこ真面目に仕事を頑張っている普通の会社員である。
そんな私、
あれ程あたふた戸惑っていた仕事にもすっかり慣れ、当初は不安で仕方なかった職場での人間関係も、今は極めて良好だ。特に同僚の
「おはよー!
その紗夜が何時ものようにウキウキでオフィスに顔を出す。
遅刻ギリギリなのに、浮かれすぎ。
「また昨日も、例の彼氏と遅くまで遊んでたの?」
「まーねぇー」
紗夜には昨年の夏頃から付き合い出した彼氏が居て、私は何時もアツアツな惚気話を聞かされている。「昨日は遊園地に行った」とか「三ツ星レストランでディナーした」とか。正直、そんなにしょっちゅう顔を合わせて飽きないものなのかと、束縛嫌いの私からしたら理解不能なぐらいにラブラブエピソードが絶えない。
まあ、人の恋バナを聞くのは嫌いじゃないし、紗夜がご機嫌なら構わないんだけど、私達二人に格差ができないよう、恋の神様はこっちにも少しぐらい微笑んで欲しいものだ。勿論、私の理想に届かぬ
「あっ! ど、どうしよう……」
「何? 忘れ物でもした?」
「違うのよ。溜まっていた幸せゲージがね、もう尽きかけてるの。はあぁー。あの人に会いたくて、会いたくて、凄く切ない。早く夜に成らないかなぁ……」
「いや、あんた! 今、出社したとこでしょ!」
「うん。そうなんだけど……ねえ、千昼。好きな人と一緒に居る時は、時間が経つのがとても速いのに、離れて居ると怖いぐらい長く感じるの。これ、何でだと思う?」
「この間、めでたく誕生日と一緒に『彼氏いない歴』も25周年を迎えた私に、そんな酷な質問を何故する?」
「ご、ごめん。こんど彼と、有名な縁結びの神社に行くから、千昼の事も序に頼んどくね」
「そりゃどうも。彼にはちゃんと、日本式のお詣りの仕方も教えとくのよ」
話によると、紗夜の彼氏は外国人らしい。一年前の休暇時に、たまたま海外の宿泊先で出会ったそうだ。二人は一夜で恋に落ち、彼氏さんはそのまま紗夜と一緒に日本に着いて来てしまったとか。ヨーロッパの男性は本当に情熱的すぎる。
「千昼も早く、彼氏見つけなよ。生きる喜びを実感できるわよ」
「私は生きる喜びを恋愛なんぞに依存しない」
「じゃあ、なんに『生きる喜び』を感じるのよ? まさか『仕事』なんて言わないわよね?」
「勿論、カプセルトイよ」
「でたあぁー。あんた、本当にガチャるの好きよねぇ。その歳で玩具に沼る女って、普通の成人男性からしたらドン引きよ」
「おう、引け、引けー。私の趣味に共感できない奴は、アンドロメダ星雲の果てまで引いてしまえー」
「まあ、私の彼なら寛容だから、そんな子供っぽい趣味も笑って一緒にやってくれそうだけどね。そんな彼と、昨日はどこ行ったか聞きたいでしょ?」
「ううん。別に」
「昨日はね、夜のドライブの後、シアターで映画を観たの。千昼も気になっていた例の韓国映画。ラストは感動しすぎて、二人でギャン泣きしちゃったぁー」
「私、『聞きたい』って言ってないんだけど……まあ、今回は映画のネタバレしなかっただけでも良しとしよう」
そういえばあの映画、観に行こうと思ってたのに、すっかり忘れていた。まだ上映してるなら明日にでも一人で行こうかな。
「あれ?」
スマホで検索したが、くだんの映画の上映は既に終了していた。ドライブシアターも調べてみたが、何処も一週間前には終わっている。
昨日行ったなんて、また嘘ついたんだ。
ほんと紗夜は、彼氏ができてからすっかり人が変わってしまった。誰が聞いても作り話だと直ぐにわかる嘘を平気でつくように成ってしまったのだ。
だいたいまず、その彼氏が何の仕事をしてるか知んないけど、毎日会うなんて事は同棲でもしない限り、あり得ない話だと思う。けど、二人の同棲暮らしは絶対ない。なぜなら紗夜が現在住んでるマンションは、女性の一人暮らし専用マンションなので、男性と一緒に住む事は不可能なのだ。引っ越した話も聞かないし、紗夜が毎日彼氏の家に泊まりに行ってる様子もない。だからメールなどで毎日連絡ぐらいはとっているかも知れないが、「毎晩会っている」というのは紗夜の虚言だという事は、以前から気づいていた。
勿論、私はその事を咎める事も追求する事もない。
私はラブラブ話なぞ、モリモリに盛って然るべきだと思っている。
これを万が一、「嘘ばっかりー」とか、空気を読まずに言おうものなら、人間関係がクラッシャーしてしまうから。
恋バナは面白可笑しく誇張してくれて全然オッケーなのだ。
そして別れてしまった時は、元カレの事を大いにサゲサゲして愚痴ってくれれば良い。
それを「うんうん」と、わかったふりして聞いてあげるのも友情なのである。
「あのー……服織さん。ちょっと良いですか?」
「あら、
後輩社員の見星君が、なんか困った顔して話しかけてきた。
さては仕事でミスでもしたかな。
「実は大きな声で言えないんですが、嶋崎係長がロマンス詐欺に引っかかったらしくって、ショックで数日ほど休むそうなんです」
「ロマンス詐欺? あのネットを使った結婚詐欺みたいなやつ?」
「そうです。だいぶ貢いじゃったみたいなんですよ」
「ありゃー。そりゃ可哀想に。あっ、なるほどねー。んで、私に嶋崎さんの分の穴埋めを手伝えって事ね?」
「ほんと、すいません。納期が近いもんで……」
「わかったわよ」
「ありがとうございます」
「そのかわり、ランチ、ゴチね」
「はい」
詐欺か……嶋崎係長って、そんな詐欺に引っかかるタイプに見えなかったのに、恋は本当に盲目に成るみたいだ。
いや、待てよ……。
私は固定電話で会話中の紗夜の方を見た。
そして彼氏ができてからの紗夜の行動を振り返ってみる。
実は紗夜は、彼氏の写真を私に見せてくれた事がない。SNSですら彼氏との写真を一枚も載せた事がないのだ。
理由は「彼がシャイだから」と、言っていたが、私は容姿に自信がないんだろうと、勝手に解釈していた。
でも、頻繁にデートや旅行をしているはずなのに、現地の風景写真すらSNSに載せた事が一度もないって言うのは、よくよく考えたらおかしな話である。普通、彼氏が映ってなくとも、景色の映え写真ぐらいは載せるものではないのか。しかも、お土産も貰った事がない。
カップルバーに行った話や、実際に現地に行かないと分からない食レポとかはしているので、デートや旅行をしていること自体は事実だと思うが、余りにも不可解な点が多すぎる。
考えられるのは、彼氏が身分を隠さないといけないほどの超有名人か、もしくは別の理由で身分がバレないようにしているかだ。
つまり紗夜の彼氏が有名人でなければ、妻子持ちか、あるいは詐欺師などの犯罪者の可能性がある。
だとしたら……だとしたら、このままじゃヤバいんじゃないの。
散々貢がせたあと、自国に逃げ帰る算段。そして顔写真などの証拠を残さないよう、写真を撮らせないようにしているのであらば、全て辻褄が合う。お土産を買ってこないのも、既に紗夜の貯金が尽きかけているのでは……。
考えすぎかも知れないけど、これは一度確認だけでもした方が……。
「ねえ、紗夜!」
「ん? なに?」
「ちょっと、話聞いてくれる?」
「ごめん。私、今から展示会のサポートに行くから急いでんのよ」
「あ、だったら手短に言うわ。実はあなたの彼氏に一度会わせて欲しいの」
「私の彼に? どうして?」
「あ、いや、どんな素敵な人かなーと、思ってね。毎日、話を聞いてたら、興味湧いちゃって……」
詐欺師の可能性があるなんて言えない。ちゃんと一度会ってから判断しよう。
「うーん……だったら今晩聞いてみるから一日待って」
「わかった。因みに彼って、何の仕事してるの?」
「ごめん。それも許可が必要なの」
許可?
やっぱり怪しい……。
弱みを握られているとかじゃないわよね……。
彼氏が大悪党じゃなきゃ良いんだけど……。
私は走り去る紗夜の後ろ姿に、妙な違和感を感じた。
それを無理に例えるなら、彼女が目に見えない、怪しげなものに絡みつかれているかのような……いや、気のせいだろう……。
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