春の日の広島。
〝私の代わりに江波山の桜を見に行ってくれんか〟
路面電車に揺られながら私は祖母の残した奇妙な言葉を辿ります。
車中であった少女に導かれ、江波の山の道外れの空き地の桜にたどり着いて────
そして私は、うら若き祖母の在りし日の恋の一区切りに、立ち会いました。
かつて、恋人だった二人にあった心の行き違い。
時が経っても、様々な想いは消えない。
だからいま、春の微睡みのような時のなかで、そっと後悔と許容を交換するのでしょう。
狐の悪戯という怪異に阻まれ、実らなかった恋。
その成り行きと後片付けを辿る幻想譚。
読み終えた後、ふくよかな余韻にいつまでもやわらかく包まれる。
そんな物語です。
どうぞご鑑賞をお願いします。和みますよ。
「私の代わりに、江波山の桜を見に行ってくれんか」
物語は、主人公の祖母の、こんな言葉から始まります。
広島市江波山公園の桜は、それはそれは見事なものでございますが、
この江波という地には、それはそれは少し困ったお狐様がいらっしゃったようでして……。
路面電車に乗る主人公に、声をかけてきた、地元の女学生。
その黒い瞳に吸い込まれた時に、主人公にはある景色が浮かぶのでした。
狐によって引き裂かれた恋。
しかし、恋の終わりとはなんだろう?
恋する相手を覚えている限り、それは死をも越えても続くのだろうか?
それともその景色は、ちょっとした狐からのお詫びだったのだろうか?
これまた春が待ち遠しくなる、少し切なく、温かい物語にございます。
ご一読を。