第8話「集落会議 ── 200対1の交渉」
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国家債務残高:¥1,532,784,100,000,000
ダンジョン税収:¥0
配信視聴者数:210人
カウントダウン:327日
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午前三時。
アパートの台所は戦場だった。炊飯器二台フル稼働。計十合。百五十個分の米。
塩を振り、手を濡らし、三角に握る。百二十グラム。鮭フレークを詰め、海苔を巻き、ラップで包む。一個あたり約四十秒。百五十個で百分。
マルサが台所の入口に立っていた。
「成形工程を私が担当すれば、全数完成まで二分です」
「手で握るから意味があるんだ」
「合理的根拠を提示してください」
「ない。ただの信念だ」
「了解しました。——海苔を切ります」
マルサが全形海苔を三つ切りにし始めた。正確に三等分。誤差〇・一ミリ以下。包丁を使わず、指で断裂面を制御している。アンドロイドの精密動作を海苔に使う日が来るとは、防衛省の技術者も想定していなかったろう。
午前四時四十分。百五十個完成。食材費、七千八百二十円。月給の三・二パーセント。
*
地下五階。ゴブリン集落。満苔の日。
壁面の発光苔が最大輝度に達し、空洞全体がほとんど白に近い明るさで照らされていた。ゴブリンにとっての満月だ。
中央広場に二百三体が集まっている。焚き火の前に大長老と評議員六体。ガルガが健一の前に来た。
「来たな、ケンイチ。おにぎりは」
「百五十個。約束通りだ」
「よし。——だが先に言っておく。反対する者がいる。グリムザだ。鍛冶班の長で、あいつは地上の者を信用していない。前に来た地上人が石だけ見て去ったからだ」
「分かった。正面から話す」
ガルガが広場の中央に立ち、両腕を広げた。集落全体が静まった。
「今日、集落会議を開く。議題は一つ。地上の者ケンイチの提案を聞き、我々がどうするかを決める。全員が声を出す権利がある。全員が聞く義務がある。これが我らの掟だ」
二百の黄色い目が、健一に向いた。
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▶ LIVE ダンジョン資源管理庁 公式👤187
💬 名無し :集落会議始まった
💬 霞が関OB :200体の前でプレゼンとか度胸あるな
💬 おにぎり党員:おにぎり150個ちゃんと持ってきてて草
💬 深夜の税務署:満苔の日の映像きれい
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*
焚き火の前に立った。二百の視線の圧力は、国税局の査察会議より重い。
「俺の名前は瀬戸川健一。地上の国、日本から来た徴税官だ」
マルサが翻訳する。「徴税官」に対応する語彙はない。「上納金を集める仕事の者」と訳した。ざわめきが走った。
「まず、正直に話す。俺の国は金が足りない。このままでは国が潰れる。だから新しい収入が必要で、お前たちの魔石に注目した。ここまでは隠さない」
沈黙。正直さに対して、まず戸惑っている。
「だが、奪いに来たんじゃない」
マルサがHUDを起動した。
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■ 課税提案
月額:Eランク魔石 10g(集落全体)
1体あたり:0.05g/月
■ 日本政府の提供
・食料供給・農業技術・保存技術・医療支援
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「月に魔石十グラム。一体あたり〇・〇五グラム。砂粒より小さい。その代わりに食料と技術を渡す。地下でも育つ食べ物の作り方、食料を長く保つ方法、怪我や病気を減らす知恵」
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▶ LIVE ダンジョン資源管理庁 公式👤194
💬 名無し :正直すぎるだろ
💬 外交官の卵 :外交で弱み見せるのはセオリー違反では
💬 元国税 :いや、これが瀬戸川式だ。査察でも最初に全部見せる
💬 名無し35 :ゴブリンの表情変わった。ちゃんと聞いてる
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そこへ、声が上がった。
「待て」
一体のゴブリンが立ち上がった。他より一回り大きい。腕が太く、手に鍛冶用の石槌。顔の右側に古い火傷の痕。グリムザ。
「『地上の者よ。甘い言葉を並べるな。お前の前にも地上の者が来た。あいつらは何も約束しなかった。ただ石を見て、数を数えて、去った。お前は何が違う』」
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▶ LIVE ダンジョン資源管理庁 公式👤203
💬 名無し :反対派きた
💬 経済ヲタ :グリムザの言い分まともだぞ
💬 名無し41 :前に来た地上人ってJADEか?
💬 霞が関OB :二重課税の指摘は正論。どう返す瀬戸川
💬 深夜の税務署:グリムザさん推せる
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健一はグリムザを正面から見た。
「違いは一つだ。俺は約束する。そしてその約束は、俺の国の約束になる」
「『国の約束? グラン・ノワールも約束した。守ってやると。坑道を直すと。だが上納金は増え続けている。約束は嘘の別名だ』」
健一は一歩前に出た。
「お前の言うことは正しい。約束が守られなかった経験がある者に、また約束しろと言われても信じられない。当然だ」
グリムザが眉を上げた。同意されて戸惑っている。
「だから、言葉じゃなくて記録で証明する。——マルサ、取引記録を」
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■ 取引記録一覧(過去7回分)
第1回:おにぎり10個 ⇔ 魔石15g
第2回:おにぎり10個 ⇔ 魔石15g
第3回:おにぎり10個+チョコ5箱 ⇔ 魔石15g
第4回:おにぎり10個+チョコ5箱 ⇔ 魔石15g
第5回:おにぎり10個+チョコ5箱 ⇔ 魔石15g
第6回:おにぎり10個+チョコ5箱 ⇔ 魔石15g
第7回:おにぎり10個+チョコ5箱 ⇔ 魔石15g
全取引:不履行0件
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「七回交換した。七回とも約束通りだ。もし俺が約束を破ったら、この仕組みを終わりにしていい。お前たちにはその権利がある」
マルサが「権利」をゴブリン語に変換した。「やめてよいと認められた力」。
グリムザが黙った。石槌を握る手の力が、わずかに緩んだ。
「『……約束を破った時に、やめる権利がある。それは、今までの上納金にはなかった』」
健一は頷いた。
「それが『税』と『搾取』の違いだ。税はお互いの約束だ。搾取は一方的に奪う」
大長老が杖を地面に打った。一度。広場が静まる。
「翻訳精度に限界があります。概意として。——『私は長く生きた。地上の者を見たのは二度目だ。最初の者は石だけを見た。お前は我らの目を見た。集落の者よ、声を出せ』」
採決。ゴブリン式は、賛成者が焚き火の右側に、反対者が左側に移動する。
最初に動いたのはガルガだった。迷いなく右側へ。続いて若い個体、母親たち、農耕班の長。グリムザは動かない。鍛冶班の六体も動かない。年長の評議員が二体、左側へ。
移動が止まった。
「右側——賛成:百十二体。左側——反対:七十四体。中央——棄権:十七体」
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▶ LIVE ダンジョン資源管理庁 公式👤210
💬 名無し :きたああああ
💬 名無し35 :112対74 僅差だな
💬 経済ヲタ :反対3割超えは不安材料
💬 法学部2年 :条件付き合意の「3ヶ月」厳しくないか
💬 元国税 :グリムザが最後まで残って聞いてたのが大きい
💬 名無し52 :おにぎりで民主主義してる
💬 おにぎり党員:グリムザ3口食べたってマジ?
💬 深夜の税務署:マルサちゃんがゴブリン幼体に囲まれてるとこ切り抜きたい
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ガルガが戻ってきた。
「決まった。だが条件がある。三つの月の間に、グラン・ノワールとの上納金の問題を何とかしろ。今のまま二重に払い続けたら干上がる」
三ヶ月。九十日。
「それと——おにぎりは毎回持ってこい。約束だろう」
「約束だ」
拳を合わせた。ゴブリン式の合意。
グリムザが焚き火の向こうから背を向けて歩き去った。賛成はしなかった。だが最後まで聞いていた。
*
おにぎりが配られた。百五十個が二百三体に行き渡るには足りない。だがゴブリンたちは自然に分け合った。一個を二つに割り、三つに割り、隣の者に渡す。幼体には米の中心部を優先的に。反対票を投じた個体にも平等に分配されている。
グリムザは受け取り、無表情のまま一口齧り、二口目を齧り、三口目を齧った。
健一はその光景を見ていた。
「意見が違っても、飯は分ける。——税の原型だよ、これは」
マルサが〇・五秒黙った。
「記録しました。業務日誌に登録します」
「業務日誌に載せるようなことか」
「重要だと感じました」
「感じた?」
「訂正します。重要度が高いと判定しました」
〇・三秒。感じた、と言いかけて訂正した。健一はそれに気づいたが、指摘しなかった。
*
帰庁後。手書きの帳簿に記録する。
日付。議決結果。賛成百十二、反対七十四、棄権十七。条件付き合意。期限三ヶ月。
備考欄にこう書いた。
──おにぎり150個。グリムザは二口食べた。
マルサが覗き込んだ。
「業務上不要な記載です」
「備考欄は自由だ」
「了解しました。なお——」
〇・三秒。
「グリムザは三口食べていました。訂正を推奨します」
健一はペンを置いて、三に直した。
税収は依然ゼロ。三ヶ月以内にグラン・ノワールとの二重課税を解決する。相手は地下国家の政府だ。
冷蔵庫に明日の米が五キロ。鮭フレークの残りが半瓶。
止まっている税収カウンターを、動かさなければならない。
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第8話「集落会議 ── 200対1の交渉」了
次回──第9話「試算 ── 数字は嘘をつかない」
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【あとがき】
集落会議、ここが第1章の山場でした。読んでいただき本当にありがとうございます。
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