第2話 「最初の一歩 ── 地下3階の邂逅」

  

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

国家債務残高:¥1,532,784,100,000,000

ダンジョン税収:¥0

配信視聴者数:3人

カウントダウン:364日

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━



 東京・新宿ゲート。

 新宿駅南口から徒歩八分、かつて駐車場だった場所に直径二十メートルの黒い穴がぽっかり開いている。周囲を自衛隊のフェンスが囲み、報道陣と野次馬がその外側に群がっていた。


 健一はスーツにリュックという格好でフェンスの検問に並んだ。リュックの中身はおにぎり三十個。朝四時から握った。手がまだ塩の匂いがする。


「身分証の提示を」


 自衛官に庁のIDカードを見せた。自衛官が二度見した。


「……ダンジョン資源管理庁、徴税課」

「ええ」

「徴税」

「ええ」


 自衛官は何か言いたそうだったが、飲み込んでゲートを通してくれた。


 隣を歩くマルサは、昨日と同じ無表情だ。銀髪が地下から吹き上げる微風に揺れている。右肩の桐紋。どう見ても場違いな少女と、くたびれたスーツの男。報道陣のカメラが何台かこちらを向いたが、すぐに興味を失って別の方向に戻った。


「配信ユニット起動。現在の視聴者数、三名。全て関係者です」

「三人。日本で一番視聴者の少ない配信だな」

「正確には、配信プラットフォーム上で視聴者数が最少のチャンネルは他に存在します。ゼロ人のチャンネルが四万二千──」

「いいよ。行くぞ」



    *



 ゲートの先は、下り階段だった。


 人工物ではない。岩盤を削り出したような粗い段差が、暗闇の中へ続いている。壁面に発光する苔が淡い青緑の光を放っていた。空気は冷たく、湿っている。地上の四月とは別世界だ。


 地下一階。無生物の洞窟。岩と苔と水滴の音だけ。

 地下二階。同じ。ただし壁面に小さな結晶体が散見された。


「Eランク魔石の微小片です。採掘価値はありません」

「タダ同然か」

「一グラム八万四千円です。タダではありません。ただし、この大きさでは〇・一グラム未満です」

「八千四百円か。おにぎり三十二個分」

「おにぎり換算は業務上不要な指標です」

「俺にとっては一番分かりやすい指標だ」


 地下三階に降りたところで、空気が変わった。


 苔の発光が強くなり、天井が高くなる。通路が広がって小さな広間のような空間が現れた。地面に焚き火の跡。壁面に何かの記号が刻まれている。


 マルサが足を止めた。


「生体反応、三。前方十二メートル。体温は人間より低く、体重は推定三十から四十キログラム」


 岩陰から、三つの影が現れた。


 身長一メートル前後。緑がかった肌。大きな耳と黄色い目。粗末な布を巻き付けた体に、それぞれ小さな革袋を下げている。


 ゴブリンだ。


 三体は健一とマルサを見て、一瞬固まった。

 次の瞬間、歯を剥き出して威嚇の声を上げた。甲高い、聞いたことのない言語。手に持った石の槍を構える。


 マルサの右腕が青白く発光した。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

▶ LIVE ダンジョン資源管理庁 公式👤3


💬 管理者  :映像鮮明。記録継続。

💬 技術顧問 :マルサの戦闘モード初起動確認

💬 監視員  :交戦の有無を即時報告せよ

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


「戦闘態勢に移行。制圧に要する時間、推定〇・八秒。許可を」

「却下」

「……却下?」

「殺してどうする。俺たちは徴税に来たんだ。死人から税は取れない」


 マルサの右腕の発光が消えた。〇・三秒の間があった。


「了解しました。ただし、死人からでも相続税は徴収可能です」

「ゴブリンに相続税法を適用する気か」

「D税法に相続規定はありません。現行法の不備です」

「不備じゃなくて想定外だ。──いいから、スキャンしてくれ。あいつらの資産」


 マルサの瞳が金色に明滅した。三体のゴブリンを一瞬で走査する。


 HUDが起動。空中に青白い文字が浮かんだ。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

■ 資産スキャン結果

対象:知的生命体(ゴブリン種)×3


個体A:Eランク魔石×1(3.1g)

 評価額 ¥260,400

個体B:Eランク魔石×1(2.8g)

 評価額 ¥235,200

個体C:Eランク魔石×1(3.2g)

 評価額 ¥268,800


合計資産評価額:¥764,400

推定課税額(居住税+採掘税概算):¥128,000

差引可処分資産:¥636,400

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


 健一は浮かぶ数字を見つめた。


「一体あたり約二十五万円の資産か。日本の大学生より持ってるな」

「大学生との比較は業務上──」

「不要な指標だろ。分かってる」


 ゴブリンたちは空中に浮かんだHUDの表示を見て、威嚇をやめていた。光る文字を不思議そうに眺めている。一体が恐る恐る手を伸ばし、ホログラムに触れようとして、指が素通りした。驚いて飛び退く。


「……なあ、マルサ。あいつらの言葉、分かるか」

「現時点では不可能です。未知言語です。音声サンプルの収集を開始します」


 マルサが集音モードに切り替わった。ゴブリンたちの威嚇音、相互の会話、感嘆の声。すべてを記録・解析していく。


「収集語彙数、現在十二。文法パターンは未解析。実用翻訳までに推定七十二時間の追加サンプルが必要です」


 七十二時間。つまり今日は会話ができない。


 健一はリュックを下ろした。ゴブリンたちが身構える。

 ゆっくりとおにぎりを一つ取り出し、自分の口元に持っていって一口齧った。食べ物だと示すためだ。


 三体のゴブリンは、じっと見ていた。


 健一はおにぎりを一つ、地面に置いた。そっと手を引く。


 しばらくの沈黙。


 一体のゴブリンが──三体の中で一番若く見える個体が、恐る恐る近づいた。おにぎりを拾い上げ、匂いを嗅ぎ、小さく齧った。


 黄色い目が見開かれた。


「ガッ……ガルガ!」


 そのゴブリンが叫んだ。自分の胸を叩いて、もう一度。


「ガルガ!」


 マルサが即座に記録した。


「自己呼称と推定。個体Cを仮称『ガルガ』として登録します」

「ガルガ、か」


 健一はゆっくり自分の胸を指した。


「健一」


 ガルガが首を傾げた。


「ケン……イチ?」


 発音は怪しいが、通じた。


 健一は笑った。この日初めて。


 マルサが報告する。


「なお、スキャン範囲を拡大した結果、この通路の奥、推定五百メートル地点に大量の魔石反応を検知しています。規模から推定して、集落レベルの備蓄です」


 大量の魔石。集落。つまりこの先に、もっと多くのゴブリンが暮らしている。


 そしてもう一つ。


「地下三階の壁面、九時方向に紋章が刻まれています」


 振り返ると、岩壁に円形の紋章が浮き彫りにされていた。複雑な意匠。見たことのないデザインだが、一つだけ確かなことがある。これは自然にできたものではない。誰かが──何かの権威が、意図的に刻んだものだ。


「紋章のデータベース照合、一致なし。新規登録します」


 健一は壁の紋章を見つめ、それからガルガを見た。ガルガは二つ目のおにぎりを頬張っている。海苔を不思議そうに剥がしては舐め、また巻き直している。


「……撤退するぞ」

「撤退? 課税通知の送達がまだです」

「言葉が通じない相手に督促状は送れない。まず翻訳だ。七十二時間分のサンプルを集める計画を立てる」

「非効率です。武力で制圧し、資産を差し押さえれば本日中に税収が計上できます」

「やらない」

「理由を」

「徴税官は紳士的でなければならない。国税庁の職員行動指針の第一条だ」

「あなたは国税庁の所属ではありません。ダンジョン資源管理庁です」

「精神は同じだ」


 マルサが〇・三秒黙った。


「了解しました。……非合理的ですが、了解しました」

「非合理的は余計だ」

「事実の通知です」


 ガルガたちにおにぎりを五つ残して、二人は地上への階段を登り始めた。


 背後から、ガルガの声が聞こえた。


「ケンイチ!」


 振り返ると、ガルガが手を振っていた。

 残りの二体はまだ警戒しているが、ガルガだけは笑っているように見えた。


 健一は軽く手を挙げて応えた。


「マルサ、今日の業務報告を作成してくれ」

「作成します。本日の税収、ゼロ円。消費したおにぎり、六個。うち一個は瀬戸川徴税官が食べました。経費計上の可否について判断を求めます」

「おにぎりは自腹だ」

「では損金不算入として処理します」

「……普通に『了解』でいいんだけど」

「了解。なお、損金不算入です」


 地上に出ると、四月の陽光が眩しかった。


 税収はまだゼロだ。一千五百三十二兆円は一円も減っていない。

 だが、名前を一つ覚えた。ガルガ。地下三階に住む、おにぎりが好きなゴブリン。


 帰庁後、健一は国分博士にゴブリン語の音声データを渡し、翻訳AIの学習計画を立てた。七十二時間。三日後にもう一度、地下に潜る。


 今度はおにぎりを五十個持っていく。



────────────────────────────────────────

第2話「最初の一歩 ── 地下3階の邂逅」了

次回──第3話「ゴブリン経済圏 ── 地下5階の驚愕」

────────────────────────────────────────

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る