「謎を解かない系探偵」原アイラはぶん殴る!
井越歩夢・IGOSHI/WALKER
序章:2026年2月13日金曜日、G県N市駅前。
「またか…」
男は、小声でそう呟いていた。
2026年2月13日。まさか13日の金曜日だから? いや、それはない。 もしそうであるのなら、2026年1月1日木曜日から今日までに三件起きている同様の「事故」とのつじつまが全く合わない。
13日の金曜日だから「線路に転落した人と列車が接触し、運転を見合わせています」という今があるのだとしたら、来月の13日も同じように、こんな事故が起こるというのか?
それはそれとして。
男は、そんな前置きを心の中で呟き、そして数秒前に小声で漏らしてしまった「またか」という言葉の数分前まで、記憶を戻した。
◇◆◇
G県N市。東京都からG県T市に首都機能が移転して10年。首都郊外という位置づけとなったこの土地だが、世間が想像していたほど大きな変化はなく、今も変わらず「田舎感を残す、過ごすのに丁度いい感じ」を保ったまま、ゆるやかに時間を刻んでいる。
唯一、目に見えて変化があったとすれば通勤時間帯の混雑具合だ。それによって、電車の本数が1時間に1本程度だったのが、朝の時間だけは大都市並みの本数にまで増えている。
2026年2月13日。13日の金曜日だからというわけではないだろうが、この日の朝、N市駅は騒然としていた。通勤ラッシュの時間帯に、駅のホームから線路へ飛び込んだ男性が電車と接触し、全身を強く打って死亡。報道ではそう伝えられるだろうが、現場は想像以上に混乱していた。
「全身を強く打ち死亡」。 隠語に興味を持つ一部の人々であれば、それが何を意味しているかはわかるはずだ。おすすめはしないが、スマートフォンで調べればすぐに理解できるだろう。
そして、この男はその瞬間――「飛び込んだ男性が、何かを訴えるように振り返りながら電車と接触する直前の光景」を、目の前で見てしまっていたのだ。
◇◆◇
だが、男は妙に冷静だった。
それは、彼の思考が「今日までに三件起きている同様の事故」と示しているとおり、この事故が2026年1月1日木曜日から今日までに三件発生しているからだ。彼は今回を含むその三件すべてを、G県N市駅1番線の“中央部付近”で目撃している。
さすがに一回目の事故では、人が跳ね飛ばされていく光景を目の当たりにし、その恐怖に言葉を失い、呆然と立ち尽くしていた。駅員の「下がって!」という声も、左耳から右耳へ何の抵抗もなく【スポッポーヌン】と抜けていくほどだった。
だが、二週間後にまったく同じように、同じ場所で、同じ時刻にそれが起きたときには、騒然とする駅の様子を前回よりも冷静に見ている自分がいた。駅員の誘導の声も右耳から左耳へ抜けていくことなく、指示に従ってその場を離れ、事故の件を電話連絡し、自宅へ戻って自家用車に乗り、会社へ向かった。
そして今日。
また事故を目の当たりにした彼は、小声で「またか…」と呟いていた。
◇◆◇
G県N市。東京都からG県T市に首都機能が移転して10年。首都郊外という位置づけとなったこの土地だが、世間が想像していたほど大きな変化はなく、今も変わらず「田舎感を残す、過ごすのに丁度いい感じ」を保ったまま、ゆるやかに時間を刻んでいる。
そんな街で起きた、三件の電車飛び込み事故。
2026年が始まって1ヵ月と13日の間に、同じ場所で三件の事故が起きるのは不自然だと、警察は事件性の有無を調べ始め、駅では見回りが強化され、オカルト界隈は奇妙なざわめきを見せ始めていた。
そんな頃、某ネット掲示板に投稿された短い書き込みが注目を集めることになる。 「G県N市連続電車飛込事故について」――どこか映画の題名のようなタイトルがつけられたその書き込みで、特に注目されたのは次の一文だった。
「飛び込んだ人は三人とも、ホーム中央付近で電車を待っており、線路へ落ちる瞬間、驚いた表情で後ろを振り返っていた」
ホーム中央付近で電車を待っていた。
もし自ら飛び込むことを決意した人だとするなら、これは不自然だ。ホーム中央ともなれば、電車はすでに大きく減速している。 本気でそこに飛び込み“旅立ち”を選ぶのであれば、まだ速度のあるホーム端、あるいは最大速度の出ている適当な場所を探すはずだ。
そしてもう一つは、「驚いた表情で後ろを振り返っていた」という点である。
自ら飛び込む人が、そんな表情をして後ろを振り返るとは考えにくい。 つまり、事故に遭った人は“ホームから押し出されたのかもしれない”という推測が成り立つ。
どこからか流出したのか、事故当時の監視カメラ映像も書き込みには添付されており、映像では確かに人が振り返りながら落ちていくように見えた。 だが、被害者が何者かに押し出されているような決定的な様子は、映像からは読み取れない。
これは一体何なのか。 さまざまな憶測が飛び交い、G県N市駅前は、過去の連続通り魔事件発生時以来の不穏なざわめきに包まれていた。
◇◆◇
現実・非現実、両側面のさまざまな組織や界隈が【ザワザワ】とし始める中、一人の男が、ある人物に会うため駅前通りの喫茶店「寄合館」にいた。
一年ほど前にできたこの小さな喫茶店は、G県N市駅前・新町交差点付近にある。近くには“霊が見えるカウンセラー”がいると噂のヨミノカウンセリング室、市内唯一の本格BARアムリタがあり、寄合館はその斜め向かいに位置する。外観はシンプルで、内装も白を基調とした落ち着いた店だ。
整えられた髪、紺のジャケットに黒のストレートジーンズ。シンプルながら野暮ったさのない、おしゃれな雰囲気の男――見た目30歳ほどだろうか――は、腕時計に目を落とし、小さくため息をついた。 待ち合わせの時間は10時。彼の腕時計は9時58分25秒を示している。探偵というのは時間に厳しいものではないのか? まだ約束の時間内とはいえ、彼はすでに10分ほどコーヒーを啜りながら待っていた。
「それじゃ、ミドリさん。例の件よろしく!」
そんな会話がカウンターから聞こえてくる。店主と思われる女性と、その正面に座る長い白髪の女性――白髪の女性? 男はハッと気付いた。
“そいつは長い白髪をしているから、見れば一発でわかると思う。それと、美人だが気をつけておけ。アイツは気が強い上に口も悪いし、そのうえ腕っぷしもとんでもなく無茶苦茶強い”
紹介者の言葉が、男の記憶から【シャラーン】と引き出される。 そして、自分が店に入ったときから、彼女がカウンターに座っていたことにようやく気付かされる。
「あの、原さんですか?」
思わず彼は、彼女の後ろ姿に声をかけていた。 長い白髪の女性はそれに気付き、ふわりと髪を揺らして振り返る。その姿に、男は思わず息を飲んだ。
確かに話に聞いたとおりの美人だ。可愛いとか綺麗というより、“格好いい”という印象の美人。男性だけでなく女性でも惚れてしまいそうな雰囲気を持っている。 長い白髪のポニーテール、青い瞳。白の長袖シャツに黒革のライダージャケット。体の線を強調するスキニージーンズに黒のロングブーツ――。
「はい、原です。もしかして、尾作さんの言っていた?」
「そうです。尾作マサヤから紹介された、兵藤ユウジです。」
兵藤ユウジと名乗った男は、少しホッとしていた。 紹介者・尾作マサヤの言葉をそのまま真に受けていたが、別に口が悪いわけでもないし、確かに見た目はきつそうな美人かもしれないが、言葉遣いは丁寧だ。それに、声がとてもいい。 空気に心地よい振動を与え、必要以上に響かせることもなく、針のような鋭さもない。そんな綺麗な声に、耳が福に――いや、違う。 ユウジには、この女性――探偵である原アイラに相談したいことがあるのだ。
「初めまして、兵藤さん。原アイラです。今日はよろしくお願いします。」
2月16日、月曜日。 時計が10時を示したところで、そんな短い会話から、この物語はG県N市を舞台にした“大きくもあり、小さくもある事件”へとつながっていくのだった。
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