第3話


眠り姫と斜め走り


「ただいまー」


玄関を開けた瞬間、足元に衝撃。


どん。


「武丸っ……!」


全力でぶつかってくる茶色い塊。


しっぽを振りすぎて、体ごと揺れている。


武丸は昔から真っ直ぐ走らない。

なぜかいつも、斜め


今日も、彼女の足元をぐるぐる回りながら、

意味不明な軌道を描いている。


「もぉ落ち着いて、武丸」


言いながらしゃがむと


今度は、静かな重みが肩に乗った。


「……みゃ〜こ」


いつも音もなく現れる。


ふわり、と。


まるでそこに“最初からいた”みたいに…。


みゃーこは、彼女の胸元に顔をうずめる。


喉を鳴らす


低く、やさしく


その振動が、じわっと広がる。


彼は見ていた。


部屋の空気が、ほんの少し整うのを…


さっきまで、どこか張りつめていた空気が。


みゃーこの喉の音に合わせて、

ゆっくり、凪いでいく。


「すごいね、みゃ〜こ」


ゆきのが笑う。


「世界の均衡担当……?」


冗談のつもりだった。


けれど


武丸が、ぴたりと動きを止めた。


耳を立てる。


何もない空間を、じっと見る。


低く、唸る。


「たけまる……?」


彼女が首をかしげる。


次の瞬間


武丸が、勢いよく斜めに走った。


一直線じゃない


斜めに。


彼女と、窓の間に割り込む。


がたん、とカーテンが揺れる。


同時に


窓の外で、強い風が吹きつけた。


一瞬だけ。


本当に、一瞬だけ


まるで、何かが“触れようとした”みたいに。


みゃーこの喉の音が、強くなる。


ごろごろ、ごろごろ…………


武丸は彼女の前に立ち、

小さく吠える。


彼女は気づかない


「どうしたの…? 二人とも」


笑っている。


何も知らない顔で


彼は、静かに息を吐く。


守られている


彼女は、まだ守られている。


猫の歌と、犬の狂った軌道に。


世界が、ほんの少しだけ遠ざかる。


その夜


彼女が眠ると、みゃーこは胸の上で丸くなった。


武丸は、部屋の入口で伏せる。


見張るみたいに………


彼は思う。


もしも


本当に、世界が彼女を選ぶなら。


そのとき


この小さな命たちは、何を守ろうとするだろう。。。


部屋は静かだった。


優しくて、壊れそうなくらい、あたたかかった。

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