第3話 背中を照らす

 ――おかしい本を読んだ。

 ――「lose yourself」を「月を見る」と訳された。


 ――躍起やっきになって、詳しく読み進めると、

 ――途中に忘我没頭ぼうがぼっとうと出てきた。

 ――訳の意味は調べて理解わかったが、

 ――別に納得したわけではない。



 あの日から数日経った日の午後、夜少年はバイト先の古書店で一人黄昏たそがれていた。するとそこへ遅れてやってきた店主が――


楽々浦ささうら君!どうしたの!?元気ないよ…」


「元気ですよ。ずっと考え事をしていただけです」


「珍しいね!考え事なんて」


「俺が浅はかと言いたいんですか!」


「ノーノー。そんなつもりは…。いつもさわやかだからね」


「そうですか…」


 店主の顔を見ても、想定外だった様子で驚いていたので本当にそんなつもりはなかったのだろう…。


「何を考えていたのかね?良かったら聞かせておくれ」


「店長は作家もされてますよね…。短歌について詳しかったりしますか?」


「おぉ…短歌ねぇ…。私も造詣ぞうけいが浅いね」


「え?あぁ…そうですか」


「ちなみにどんなのだったの?」


 夜少年は写真で撮っておいた二つの短歌を店主に見せた。

 店主はうなづきながら彼に良い話があると切り出す。


「この短歌のことなら興信所の所長に聞くといい。あの人は何でも知ってるよ」


「アポはどうやって取れば…?」


「それなら私に。時間は週末土曜の昼頃にしようか。その日はバイト休んでもいいよ」


 そう言い残し、少し席を外す店主。すぐ戻ってきて片手でオッケイのポーズをしてきた。はぁ…。と少しため息が出る。とんとん拍子で話が決まってしまった。


 そして、土曜の昼前。約束の時間が迫っている中、夜少年は砂原駅にいた。

 目的の興信所は駅から歩いて十分じっぷんほどの所にある。


 気になっただけで別に話を聞きたいとは言ってないと軽く愚痴っていると、駅舎から出てくる氷見川ひみかわさんを見かけた。相手もこちらに気付き、手を振り近づいてくる。


氷見川ひみかわさん。お久しぶりです」


「おぉ…久しぶり。君は…」


「楽々浦です」


「あぁ…楽々浦君。すまない。最近は頭がいっぱいいっぱいでな」


「大丈夫ですか。体調のほうは…」


「それは翼を授けてもらってる」


「何の話ですか…?」


「君には先の話だろう…気にしなくていい」


 彼女の目元にはクマが見えている。相当根詰めているのだろう。ここで彼女の時間を使うことに申し訳なさを感じていた。


「君は今からどこへ?」


「興信所の方へ」


「ふ~ん。あそこの所長はちょっと癖強いから気を付けて」


「はぁ…」


「君と話して少し気が楽になったよ。ありがとう」


「いえいえ、無理なさらずに…」


 もちろんさ…。と言い彼女はロングコートのポケットに手を入れ、足軽に去っていった。時間を見ると丁度いい頃合いだったので、自分も目的地へ歩き始めた。


 少しするとある建物にでかでかと「楠城くすぎ興信所」の文字。

 確かに癖が強そうだと納得しつつ、自動ドアが開き中へ進む。


 受付の方に「十二時から所長に御用があって来ました。楽々浦です」と伝えると、待っていたかのように奥へ通された。

 階段を上り二階が所長室らしい。突き当たりにこれまたでっかく「所長室」とプレートが貼られていた。


 扉の前で立ち止まり喉を鳴らす。口も乾燥している。行きしなは少し風があり、引っ張り出した一張羅いっちょうらも身だしなみも心配の中ドアを三度叩く。


 どうぞ。と言われドアノブに手をかける。「失礼します」の声と共にお邪魔する。

 そこにはでかいチェアに腰かけた年頃の男性が…。身長は自分より十センチほど高く、少しフォルムが丸い。それ以上に目力が強く圧倒されそうだった。


「ようこそ。楠城興信所へ。私は楠城くすぎ道元どうげんだ。君は楽々浦君だね」


「はい。楽々浦夜と申します。本日はお時間いただき…」


「堅苦しくなくていい。さぁ、こちらにどうぞ」


 そう言い前のソファに案内された。失礼します…。座ると雲の上に座っているみたいだった。まるで羽を授かった天使のような…。


「あとで温かいお茶と茶菓子を持ってこさせる。遠慮せずどうぞ」


「あ、ありがとうございます」


「早速だが、君はあの短歌…。『月読つくよみ』について聞きたいのだね」


「あ…はい。池水ちすいさんに言われて…」


 あの短歌が『月読』だなんて知らなかった。あの店主…


「彼とは以前『古地図』について一緒に調べた仲でね…。面白い方だ」


「はぁ…そうでしたか」


「彼の古書店でアルバイトをしているのだろう?」


「はい。ほとんど俺一人でやってます」


「ハハハ…。彼らしいな」


 自分の苦労が理解されて少し釣られ笑いをしそうになったが、場をわきまえてこらえた。


「それで…『月読』というのは…?」


「その前にここ月読峠について話しておこう」


 ここ一帯は昔、相当な過疎地だった。

 それは江戸末期から明治初期の明治維新が大きく関わっている。

 上が原因で日本が急速に都市化、資本主義が進行した。言ってしまえば、波に乗った者と陸に居た者とでは大きな差を生んだ事件であっただろう。

 そう言うと「月読峠」は後者であった。


 昔なんか…人より猿のほうが多かったなんて揶揄やゆされるほどだった。

 なぜ今この町で都市化が遅れてやってきたのか…。それは金持ちに目を付けられたからなんだ。自然と流れる河川を無理やりき止め、目的の地へ水を流すよう手を加えられた。


「楽々浦君、君は『月読峠』の名の由来を知っているかね…?」


「いや…知らないですね…」


「この辺り、夜に月の見えない日が多いだろう…。それには色んな原因があるのだが、この町では月を見るのではなく、月を読む。見えないからこそ言葉を絞り出し、見えていると装う。この言い伝えからこの一帯を『月読峠』と言う」


 パッとしなかった。正直神話のツクヨミから来ていると思っていたから…


「なぜこれらの話をしたか…。それは『月読』が町の変化をうれいだうたであるからだ」


「町の…変化……」


「そうだ。この詩は昭和終期に古楓こふう昭二しょうじ先生がうたったものでな。この町に深く残る詩だ」


「君は生まれたときからこの町にいるか…。それだったらこう思ったことはないか?『この町に合わないものが増えてきている』…と」


「…」


「時代の流れには抗えない…。それでも変えられないものもある」


「それって…」


「いや、それは教えられない。私は秘密主義でね。金のようにしっかり管理してある」


 理屈の意味は分からないが、町の変化に付いていけない自分がいることは確かだ。


「それならその詩の意味とかって…」


「それは君から浮かび上がった感情や想いが答えなのではないか?」


「正解などない。だが答えを持つべきだ」


「もし、深く知りたいならあっちの神社の奥に古楓こふう先生の墓と詩が刻まれた石碑がある。何か感じるものがあるかもしれぬ」


 冒険で言えば、ある種のイベントが発生した。それでも夜少年は場に振り回されるだけで何かが解決したわけでなかった。


「そこは『古地図』に関係する場所ですか?」


「さぁ、それは君の眼で確かめてほしい。彼女と一緒に行ってみるといい」


辻文つじあやさんは彼女ではありません」


「そうか…?」


「なぜ彼女を知っているのですか?」


「空町君にここで働いてもらっていてね…。君らに出会ったと言っていたよ」


 怖がりさんが要らぬことを…。

 それでも少年の頭の中に空っぽだった所から、何かもやが掛かったものが入った気がする。何か背中を照らされたような…、進展した気はしないが、背景を知ることができた。


「今日はありがとうございました。時間を見つけてそちらに行ってみます」


「こちらこそ来てくれてありがとう。君のような若者と話せてよかった」


 どこか伝承を受けた気分だった。彼にそんな達成感を感じた。

 最後に一口飲んだお茶が適温になって美味しく感じた。部屋を後にし、外に出た。

 寒さが心地よく、脱いでいたコートを腕に持ち帰路についた。

 帰る途中で振り返った建物が行きよりも小さく感じた。


 帰りのバスを待っている途中、丁度いいかもと思い、七巳ななみに連絡を入れた。

 意外とすぐ返事が返ってきて、次の予定が決まった。





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