第14話 観測

星の瞬きは、点ではなく線になっていた。

夜空の高みに、細い光が幾筋も走る。流星ではない。落ちてもいない。むしろ逆だ。海上の歪みから伸びる透明な糸が、星々へと縫い留められている。

「……観測だけじゃない」

リィが低く言う。

「上も使う気だ」

歪みの奥の“それ”は、もはや曖昧な装置の影ではなかった。輪郭が定まり、骨組みのような構造が浮かび上がる。球でも塔でもない。無数の環が交差し、中心に空白を抱えた形。空白が、こちらを向いている。

『外縁干渉、位相固定』

『楔の共鳴、追跡開始』

東区画の光点が、強く脈打った。胸の痣が呼応する。遠く離れた仲間の意志が、確かにここへ届いている。

「追跡って……」

リィが俺を見る。

「私たちを?」

「違う」

俺は首を振る。

「意志だ。さっき束ねた重み。あれを“計測”してる」

海が再びざわめく。だが先ほどのような理不尽な裏返りではない。波は動いている。正常だ。代わりに、空気が軋む。港の街灯が一瞬だけ明滅し、石畳の影が伸び縮みする。

世界の“接続点”を探っている。

『局所抵抗値の源、分散型』

『個体単位ではない』

「褒められてるのか、警戒されてるのか分からないな」

喉の奥で笑う。だが油断はない。

歪みの中心の空白が、わずかに深くなる。引力のようなものが働く。星と星を結んでいた光糸が収束し、一本の柱となって海へ降りる。

光の柱は音もなく海面に触れ、そこだけが透き通った穴のように澄んだ。底が見えない。

「降りる気だ」

リィが息を呑む。

『接触段階、開始』

柱の中に、影が降りてくる。巨大でも禍々しくもない。人型に近いが、関節の位置がわずかに違う。顔に当たる部分は滑らかな面で、表情がない。だが敵意も、感じない。

足先が海面に触れた瞬間、波が凪ぐ。先ほどの凍結とは違う。周囲の水が“合わせる”。調律される。

俺は一歩前に出る。

痣が脈打つが、焼ける痛みはない。むしろ冷静だ。

「名を名乗れ」

影はわずかに首を傾ける仕草をした。

『呼称不要』

『目的:均衡点の再計測』

『交渉条件提示可能』

「条件?」

リィが眉をひそめる。

『侵入は試験』

『抵抗は変数』

『破壊行為、優先度低下』

俺は息を吐く。

「削らないと決めたのは正解だったらしい」

影の面が、わずかに揺らぐ。そこに淡い紋様が走る。星図に似ている。いや、枝だ。未来の枝が、視覚化されている。

『当該世界、応答性高』

『完全排除、非効率』

『共同最適化、提案』

「共同……?」

リィが小さく呟く。

俺は影を見据える。

「最適化ってのは、誰にとってだ?」

一瞬の沈黙。

『総体』

『単一視点、未採用』

言葉は抽象的だ。だが嘘は感じない。少なくとも、人を玩具として見る響きはない。

東区画の光点が、さらに強く応じる。仲間も“聞いて”いる。

俺はゆっくりと手を下ろす。

「こちらの条件だ。世界の自律性を侵すな。局所法則を試験材料にするな。観測は許す。だが、同意の上でだ」

影の紋様が波打つ。

『同意概念、取得中』

『個体差大』

「だから交渉だ」

リィが一歩並ぶ。

「私たちは一つじゃない。でも、無数でもない。繋がれる」

影は沈黙する。

星の糸が再び広がり、夜空へ戻る。柱が細くなる。

『試験形態、変更』

『干渉→対話』

『暫定合意』

海風が強まる。柱が霧散し、影は淡く透けていく。

だが消えきる前に、最後の言葉が落ちた。

『楔、保持せよ』

『次段階:外縁開示』

光が消える。

歪みは薄まり、夜と海の境界は元の静かな線に戻った。

俺は膝の震えを押さえながら立ち続ける。

終わったわけではない。

「外縁開示、だって」

リィが空を見上げる。

「嫌な予感しかしない」

「ああ」

北の空を見据える。そこに、わずかに濃い闇がある気がした。

東区画の光点は安定している。

侵入は観測へ。

観測は接触へ。

そして次は――開示。

世界の外側が、開く。

削らない。

だが譲らない。

俺たちは楔だ。

世界を縫い止めるための。

夜の奥で、まだ名を持たない何かが、静かに目を開いた。

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こんにちは!作者です!第14話もご覧頂きありがとうございます!!作者の励みになるので♡、★★★をぜひお願いします!それでは15話で会いましょう!!

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