マーテルの誤算

もちころ

衝動

娘(フィーリア)の甲高い泣き声は、私の頭蓋をナイフのように突き刺す。いつの間にリビングで寝ていたのだろうか。あちこちが痛い。それでも娘の泣き声は容赦なく私の体を貫く。面倒に感じつつも重い体をソファから起こし、耳を抑えながら寝室のベビーベッドへ向かう。


「どうしたの」

娘は泣き止まない。排泄か、空腹か、抱っこか。

いろいろと試してみたはいいもののの、娘はいっこうに泣き止まなかった。


耳元で娘が大きな声を出して泣く。鼻水とよだれが、私のTシャツについて不快だった。ギャーギャー、ピーピーピー…怪鳥のような泣き声が私を貫く。

痛い。体が痛い。耳も、頭も、足も腕も肩も下腹部も。

全てが痛い。やめて、もう泣かないで。お願い。お願い。


それでも、娘は泣き止まない。


…うるさい。


うるさい。


うるさい…!


うるさい!!!!


何かが、私の中で切れた。


私はベビーベッドの中に娘を戻し、近くにあったクッションを力強く娘に押し当てた。生後半年にも満たない娘の小さな顔はクッションに埋もれて見えなくなった。じたばたと娘が小さな手足をばたつかせている。ああ、そういえば生まれた時もこんな風に手足をかわいくばたつかせていたな。


まだ少しだけ、娘の泣き声が聞こえる。早く黙らせないと。クッションを押し当てる力をほんの少しだけ強くした。すると、娘の声はとぎれとぎれになり、やがて完全に聞こえなくなった。小さな手足もがくんと力を失い、静かに倒れた。


やっと静かになった。ふぅとため息を付き、私はクッションを娘の顔からどかした。

娘の顔は、人形のように無表情だった。だらんと下がった唇から垂れるよだれが、ぽたぽたとベビーベッドに落ちていく。


私は呆然として、娘の体を抱き上げる。

なんだか人形のように冷たい。少しだけ揺さぶる。娘はなんの反応も示さない。

さっきまであんなに泣いていたのが嘘のように、愛らしい顔はぼんやりと虚空を眺め、手足はぶらんぶらんと無造作に揺れる。


カーテンの隙間から柔らかな日差しが流れ込む。

私と、冷たくなった娘を平等に照らす。


ただ茫然と、その場にへたりこむしかなかった。



―――――――5年後



「おかあさん!おかあさん!朝だよ、起きて!」



続く

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