8話
出撃準備は異様に早かった。
装備の最終確認、補給、そして簡潔すぎるブリーフィング。
【封鎖区域 E-12】
【旧研究都市跡地】
【生体反応:複数核】
スクリーンに映る地図を、七二一は見ていない。見なくても分かった。
胸の奥が、鋭く疼く。
「顔色、悪い」
一二七が横目で言う。
「問題ない」
短い返答。だが視線は、地図の一点に吸い寄せられている。
崩落した区画。地下深層。最深部。そこに、赤い反応が集中している。
――帰れ。
まただ。今度は、はっきりとした“方向”を伴って。
E-12。
街というより、巨大な骸(むくろ)だ。
建物は風化し、鉄骨は錆び、地面は裂けたまま固まっている。人の気配はないが、静かすぎた。
「……ここ、嫌い」
一二七が小さく呟く。七二一は何も言わず、足が迷わず地下へのスロープを選んだ。
「待って」
一二七が腕を掴む。「ブリーフィングは地上から制圧――」
「下だ。核は、下にある」
遮る声は低く、断定的だった。一二七は数秒、彼を見る。その目は疑っていない。測っている。
「……分かった。道、外したら殴るから」
「好きにしろ」
ほんの僅かに空気が緩み、二人は地下へ降りる。
深度が増すごとに、空気が重くなる。
壁面に、黒い痕。焼け焦げた実験室。割れたガラス越しに、朽ちた培養槽が見える。
七二一の歩みが、止まった。
足元。床に刻まれた番号。
【721】
呼吸が止まる。視界が歪む。
フラッシュバック。赤い光。拘束具。誰かの声。
――適合率、上昇。閾値突破。
拳が震える。
「七二一」
一二七の声が、今度は強く響いた。
彼の頬を、ぱちん、と叩く。乾いた音。
現実が戻る。
「今は、任務」
赤い瞳が、真正面から彼を射抜く。逃がさない目だ。
七二一は、ゆっくりと息を吐いた。「……ああ」
その瞬間。
地下の奥で、同時に複数の赤が灯る。
脈動。ひとつではない。七二一の鼓動と、完全に同じ周期で。
「来る」
床が割れ、黒い肉塊が実験室の残骸を押しのけてせり上がる。その中心――かつての培養槽と同じ形状の、透明な殻。
中で、赤が脈打つ。
――おかえり。
今度は、はっきり聞こえた。七二一の膝が、わずかに沈む。
だが隣で、一二七の剣が静かに抜かれた。
「帰る場所、選べ」
低く、鋭い声。
「ここじゃないでしょ」
赤い瞳が、彼の横顔を射抜いている。
七二一は、ゆっくりと拳を握る。震えはある。だが今度は、引かれていない。
「合わせろ」
一二七の口元が、鋭く上がった。
「最初から、そのつもり」
地下最深部。被験体番号が刻まれた部屋で。
七二一は、自分を生んだ「赤」と向き合った
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