第12話 彩芽とべっ甲飴



 ある時、町を流している飴屋に子供たちが群がって騒いでいた。

 彩芽あやめ勘太かんた吉太きちたと一緒に遠巻きに飴屋を覗いていた。


「ねえ、べっ甲飴。きれいだね。美味しそう」

「兄ちゃん、食べてみたい」

「……また、今度な」


 三人で顔を見合わせる。そしてお互いの顔を見てクスリと笑う。

 今の自分たちにはこれだけで十分だ。贅沢なんて出来なかった。

 「いつか、きっと」。その思いだけでよかった。



 彩芽あやめ勘太かんた吉太きちたは時間があれば一緒に過ごした。沢山話しをした。

 これから先の未来のこと、やりたいこと、夢や希望。

 いつか叶えられるのだろうと三人でいつも夢見た。


 いつしか彩芽あやめの中で勘太かんたの存在が大きくなっていた。

 勘太かんたも同じ思いだったのだろう。

 勘太かんたはいつも彩芽あやめに優しく接してきた。彩芽あやめを大切にしてくれた。


 そして彩芽あやめ勘太かんたは恋仲になり、自分たちの将来を誓い合った。





 小雨が続く季節、彩芽あやめが風邪をこじらせた。ケホ、ケホッと咳をする。

 かまどが生姜湯を作って彩芽あやめに飲ませた。

 穂足ほたるは布団にくるまる彩芽あやめの側で心配そう様子を伺っている。



 外から戻って来た猫の三叉みつまた黒羽くろはを呼んだ。

 表に出てみると屋敷の門の前に勘太かんたが立っていた。

 雨で濡れる手にはべっ甲飴が握られていた。


「……彩芽あやめが風邪ひいたって聞いたから。あの、これ……」

「べっ甲飴ではないか。お前、吉太きちたのために金を貯めていたんじゃないのか?」

「うん。でも彩芽あやめにあげたくて。あ、吉太きちたの分も買ったんだ」

「そうか。すまない。彩芽あやめも喜ぶぞ」

「じゃあ、また。彩芽あやめにお大事にって……」


 小雨の中、勘太かんたが笑って手を振った。

 町に向かって駆けて行く後ろ姿を黒羽くろは三叉みつまたがじっと見送った。




穂足ほたる、これ勘太かんたから彩芽あやめに」


 差し出されたべっ甲飴を見て穂足ほたるが柔らかな微笑みを見せた。

 黒羽くろはから受け取り、彩芽あやめの枕元に置いてやる。


「明日、目が覚めたら彩芽あやめはどんな顔をするのだろうな」


 穂足ほたるの眼差しが大切な娘を見るように、大事な宝物を見るように、夢の中にいるであろう彩芽あやめに注がれた。





「これ、勘太かんたが? ホントに?」


 次の日、べっ甲飴を見て彩芽あやめの顔がふにゃりとニヤける。


彩芽あやめ。顔、崩れているぞ?」

黒羽くろは、うるさい!」

「いつの間にか乙女になっちまって。どうする、穂足ほたる勘太かんたに取られるぞ?」


 黒羽くろはがちゃかすように言葉を投げる。


「……彩芽あやめが幸せになるなら構わないさ。元々、彩芽あやめは人間だ。ここに長くは居られないしな」

「……穂足ほたる。私、ここにずっと居たらダメ? 私は穂足ほたるとずっと一緒に居たいよ?」


 穂足ほたるの言葉に彩芽あやめの瞳が揺らぎ不安そうに訴えた。

 穂足ほたるは小さく笑っただけで何も答えなかった。




 穂足ほたる彩芽あやめ勘太かんたのことを考えていた。

 いずれ勘太かんたの元に行くであろう彩芽あやめのことを思うと、いつまでもこの屋敷で生活させることがいいのか迷っていた。


 穂足ほたるは自分の元を離れていくだろう彩芽あやめのことを心配していた。手放さなければならないことを淋しく思っていた。


 いつの間にか穂足ほたるの中で彩芽あやめの存在が大きくなっていた。


 

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