月夜の鴉は啼かない
鈴懸
第1話 月夜の記憶
無音の夜に満月の光が優しく降り注ぐ。
うっすらと流れる雲が時々、月を隠し影を落とす。
庭には樹齢500年以上の桜の大木。その桜の前で
桜の花びらがまるで泣いているかのようにはらはらと舞い落ちる。
その花びらを見て
『かあさま、桜がきれいだね』
『本当に。あなたのほっぺのように薄桃色ね』
『かあさま、大好きだよ』
『ねえ、かあさま。桜の下に鬼の子がいるの。他にも違った姿の子が沢山。いつも私と遊んでくれてるの』
『まあ、あなたにはあちらの方たちが見えているのね』
『あちらの方?』
『そう、私たち人とは違う方。あなたのその瞳は、その世界の方を映すことが出来るのね』
『この家の跡取りがこんなにも体が弱いとは。情けない!』
『申し訳ございません。私がもっと健康に産んでおりましたら……』
父親の怒鳴り声とかあさまの震える声。
襖の向こうから聞える男の声は私を恐怖で押し潰した。
『気味の悪い。お前は鬼に取り憑かれているのだ!』
『お前なぞ、この家の跡取りに相応しくはない。消えてしまえ!』
『こんな桜なぞ切ってしまえ!』
父親の狂気にも似た顔と怒号。私の全てを拒絶した目が私を突き刺す。
『止めて!その桜を切らないで!かあさまの思い出を壊さないで ―――!』
この家の一人娘だった母は、生来、体が弱く私が八歳の時に他界した。
その直後に入り婿だった父は後妻を迎え入れた。私は邪魔者として追いやられた。
そして父は母との大切な思い出の桜を切り倒そうとした。
その時、私の中で何かが弾けた。
怒りで全身の血が逆流した。
地の底から這うような雄叫びを上げた。
気がついた時には父を始め、そこに居合わせた者たち全員が無残な姿に変わり果てていた。
桜の花びらが泣き叫ぶように舞い散り、辺り一面、薄桃色の世界が広がっていた。
桜の木の下には一人の男の姿があった。
キラリと光った漆黒の瞳は私を憐れむように見つめていた。
私は異形のものへと姿を変えていた。
◇◇◇
「また、ここか。
「……桜がキレイだから」
「冷えるぞ。中に入れ」
長い黒髪に漆黒の瞳。黒衣を纏った男が
男は
「
「……お前が望んだ。俺たちと共に生きることを。だからここにいる」
「そうだな、そうだった……」
屋敷の周りを鬱蒼と木々が覆い、人間が立ち入ることを拒否しているかのように霧が立ち込める。
この場所だけ違う時間がゆっくりと流れていた。
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