第5話 恋仲



 幾度かの季節が巡り、春。

 桜の花びらが風に舞い落ちる。そこかしこで薄桃色の景色が広がっていた。


 茶屋の近くの桜の木の下で彩芽あやめが仕事帰りの勘太かんたを待っていた。



彩芽あやめ。これ」


 勘太かんた彩芽あやめに小さな桜をかたどった根付を手渡した。


「本当はかんざしが良かったんだけど、金なくて。神社のお守りなんだけど」

「かわいい! 桜の形。勘太かんた、ありがとう!大切にするね!」


 彩芽あやめが満面の笑みで勘太かんたに答えた。勘太かんたが頭をポリポリ掻きながら照れる。

 二人の間には温かい感情が芽生えていた。




 屋敷に帰った彩芽あやめ穂足ほたるたちに勘太かんたから貰った桜の根付を見せびらかした。


「ねえ、かわいいでしょ! 勘太かんたがくれたの!」

「ほう、いいじゃねえか。これに括りつけて帯に刺したらどうだ?」


 黒羽くろはがはしゃぐ彩芽あやめに提案する。


「これ、何?」

「オレが使っている耳かきの棒だ」

「…………きったな―――い!黒羽くろはのバカァ!」

「何が汚ねえだ。まったくよ。かまど、その串かしな」


 黒羽くろはがかまどから太い串を一本受け取ると小刀で器用に先を削り、桜の根付を括りつけた。そして彩芽あやめの帯に刺してやる。桜の根付が帯の前でシャラリと揺れた。


「……ありがと、黒羽くろは


 揺れる桜を見ながら彩芽あやめが嬉しそうにはにかんだ。


 少女の顔がほんの少し大人びて見える。穂足ほたる彩芽あやめの変化に目を細めた。





 ある朝、彩芽あやめが朝餉の支度をするかまどに話しかけた。


「ねえ、かまど。おにぎりの作り方、教えて」

勘太かんたにですか? いいですよ」

「………何で分かるの?」

「そりゃあ、まあ……。うふふふ」


 かまどが嬉しそうに笑う。彩芽あやめは頬を赤らめて下を向いた。



「じゃあ、手に塩を少し、水で手のひら全体に……。優しく握って……」

「……ん? あれ? 三角にならないよ?」

「ふふふ、ゆっくりでいいですよ」

「あ――だめ! ねえ、かまどが握ったの包んで。私のは自分用に持って行く!」


 両手に米粒をベタベタとくっつけて彩芽あやめが叫ぶ。

 時間切れとばかりに彩芽あやめが包みをかかえて屋敷を飛び出した。



 穂足ほたるやかまどたち妖が彩芽あやめの後ろ姿を微笑ましく見送った。





 彩芽あやめ勘太かんたと恋仲になっていた。


 二人で共に生きていくことを誓い合っていた。

 一緒に生活できることを夢見ていた。


 勘太かんた吉太きちた彩芽あやめのために懸命に働いた。

 いつか三人で生活したいと願っていた。


 彩芽あやめ勘太かんたのために料理を覚えていった。

 勘太かんた吉太きちたに美味しいものを食べさせてあげたかった。


 二人のまだ幼い恋は少しずつ、それでも新芽が芽吹くように確実に育まれていった。




  穂足ほたるたちと出会って6年。彩芽あやめはもうすぐ14歳になろうとしていた。

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