第9話 かまどの隣



「今日も一日、頑張ってね、かまど!」


 早朝、武家屋敷で働く下女がかまどに火をくべる。

 主人の朝餉の準備からかまどの一日が始まる。


 下女は喜代きよと言った。喜代きよはよく働き、よく笑う娘だった。

 いつもかまどに向かって話しかけた。

 自分の相棒だと言ってかまどを丁寧に扱った。


 かまどは毎日、自分に楽しそうに話し、笑いかけてくる喜代きよが大好きだった。



 ある時、屋敷の息子が喜代きよを見染めた。

 しかし、喜代きよには他に好いた相手がいた。

 まして下女の喜代きよは妾の立場でしかなかった。

 喜代きよは息子の申し出を拒んだ。


 怒った息子は喜代きよに手を上げた。喜代きよを土間に叩きつけた。

 そしてかまどにくべられた火のついた薪で喜代きよを殴りつけた。

 喜代きよの顔は殴られ傷つき、着物の上に放られた薪で火が燃え移った。

 喜代きよの苦しそうな絶叫が土間に響く。

 喜代きよはそのまま火に巻かれて命を落とした。



『 ああ! 止めて、止めて! 私の炎で喜代きよが焼かれていく!喜代きよ喜代きよ!』



 かまどはその様子を全て見ていた。

 喜代きよの叫ぶ声を聞いていた。

 目の前で、自分にくべられていた薪で喜代きよが炎に巻かれ、転げまわる姿を見て絶望に襲われた。



『 私の喜代きよが焼かれた。私の炎で焼かれてしまった!

 あああああ! お前を許さない!

 喜代きよと同じように燃えてしまえ! 燃えて全て無くなればいい‼ 』



 かまどは怒り悲しみ、その燃えさかる炎を屋敷に解き放った。

 炎は瞬く間に屋敷を覆い、喜代きよを殺した息子も炎に包まれ全てが灰となった。



 『ああ、喜代きよ。私は私の炎で貴女を殺してしまった。許して、喜代きよ


 空高く上昇する炎が涙のように火の粉を舞い散らせた。




            ◇◇◇



 

 穂足ほたるの屋敷の土間でかまどが夕餉の準備をし始めた。


「今日も美味しい食事を作りましょうね。彩芽あやめ、手伝ってくれる?」

「もちろん!かまど、何から手伝ったらいい?」


 かまどは彩芽あやめに料理の方法を丁寧に教えていく。

 彩芽あやめが嬉しそうに包丁を握る。

 かまどと彩芽あやめの楽しそうな声が土間に響いた。


 かまどは彩芽あやめの楽しそうな声を聞いて幸せだった。

 まるで隣に喜代きよが立っているようで嬉しかった。



 まるで昔のあの時のように。

 喜代きよが元気に笑っていたころのように。



彩芽あやめ、ずっと笑っていてね。

 喜代きよが笑っていたように、その声を聞かせていてね。

 私はその笑い声が好き。

 喜代きよ、ねえ、喜代きよ彩芽あやめは可愛いわね 』



 かまどは彩芽あやめの隣に立ち、愛おしそうに彩芽あやめを見つめた。

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