第8話 高天郷



――――見上げるほど高いビル群が立ち並ぶ。

車から降りれば五封警察署の建物まで目と鼻の先だ。

「高天郷って背の高いビルも多いね」

「五封市の中でも都心って呼ばれるからな。分かりやすく言えば中央区だ」

流は初めてだからかあちこちキョロキョロしている。


「お買い物もここなら何でも揃うよ」

「こら、雀。今日来たのは遊ぶためじゃない」

「うう~~、分かってるよ~~、蓮。箏お兄ちゃんに会うためだよね」


「ああ、だが時間が余れば少しくらいなら構わないぞ」

「わぁい!天さんありがと~~っ」

全く天兄は雀に甘いんだから。


「わぁ、相変わらず中はお巡りさんだらけだ~~」

「じゃなかったら困るってば」

時折高校生の俺たちを不思議そうに見る警察官もいるが、見慣れてる警察官もいるようだ。


「こちらが特案課。流は初めてだな」

「う……うん、兄さん」


「そんなに恐いところじゃないぞ、流。俺の兄貴がいるだけだし」

さりげなくフォローしてやるか。

「そうは言っても……蓮のお兄さんにも初めて会う」

流はそわそわと落ち着かない様子だ。一応ここら辺には見えざるものは成りを潜めているから単なる緊張だろうな。


ガチャッと扉が開かれた時。現れた大男にあっと驚く。


「げ……っ、サイボーグ」

サイボーグこと郷田ごうだたくみ。ダークブラウンの髪にオールバックだ。


「サイボーグ?」

流が首を傾げる。

「むー……サイボーグ?何かどっかで見たような……」

おや?雀ったら見たことあるのか?どこでだろうか。本人は思い出せないようだが。


「はぁ……課長の弟。私は別に改造してない」

そう言って郷田が特案課を後にする。


「でも絶対あれはサイボーグだって」

「こらこら蓮くん。確かにあの人、丈夫だけどね」

そう言いながら天兄も失笑している。


「なかなか面白い案ね」

その時中から現れた美女にハッとする。プラチナブロンドのロングヘアーに青い瞳。しかしその瞳は俺のとは違い混ざり気のない自然な遺伝なのだろう。


「お姉さん……この前の虎杖沢で」

「覚えてた?改めまして。私が虎杖沢の担当捜査官冠城かぶらぎ真理亜まりあよ」

「真理亜ちゃんってかわいい名前ー!」

「こら、雀。年上の女性に……」


「いいわよ。真理亜ちゃんでも真理亜さんでも。あなたたちも雀ちゃん、蓮くん、古道くんの弟くんは……流くん。それでいいかしら」

「ええ、まぁ」

雀はもちろん、流も構わないようだ。


「それじゃ、早速奥にどうぞ」

「ありがとうございます」

中はすっきりとしており、課長席を中心に他5つのブロックに分かれているようだ。


「箏さん」

天兄が呼べば、書類から頭を上げた兄貴がこちらに手を振る。


「良く来たな、蓮。雀ちゃん。流くんは初めてだな」

「は……はい」

流は緊張しているようだが兄貴は朗らかに笑む。


「まぁ今日は簡単な事実確認程度だからな。安心してくれ」

「分かったよ、兄貴」


「虎杖沢の件もあるから、こっちの書類にも目を通してくれるかしら」

「はい、真理亜さん」

纏められた資料は俺たちの体験した通りにきれいに纏められている。


「そう言えば……虎杖沢の再開発地域はどうなったんですか?」

「今度は重要な沢を埋め立てないように。虎杖沢の神社と私たちと協議しながら進められるわ。もう同じ怪異を引き寄せないよう徹底するつもり」

「それなら安心ですね」

「ええ、任せてちょうだい」

彼女の実力はさきの案件でも立証済みだ。虎杖たちもこれで安心して過ごせるな。


次に鬼無杜である。


「うん、合ってるよ。天兄。これでいい」

「了解した。それじゃぁ後はこれを纏めるだけだから……君らは遊んでおいで。夕方までには終わらせるから、夕方またおいで」


「やったーっ!」

「こら雀、騒がない」


「ふふ……っ、元気がいいことは何よりだ。気を付けて行ってらっしゃい」

「ああ、兄貴」


※※※


「相変わらずひとが多いなぁ」

雀がわぁっと声を上げる。

「もうすぐ夏だからなぁ。過ごしやすい季節ってのもあるんだろうが、高天郷だかんな。流、平気か?」

「あ……ああ」


「たまに紛れてんの、ちらほらいんだろ」

「う……うん」

「こそこそとちらほら見ればあちらも気が付く」

「分かってるんだけど……それでもそちらに近付きたくなくて」

やはり気にしてしまう……か。


「なら俺だけを見てな」

「え……っ」

「進む方向は俺が導いてやる」

「蓮っ」


「もしもの時は俺が眼付けるでもバールのようなものでも振るってやる」

「え……バールのようなもの、持ってきてるの!?」

「この折りたたみ傘の中に仕込んである」

「ええぇっ」


「あ……日傘忘れちゃったよ~~っ!蓮、貸して!」

「はいはい。もしもの時は貸せよ。バールのようなものだからな」

「うげ……っ、重いよこの日傘ぁ」

「バールのようなものだからな」

「筋肉痛になっちゃううぅ」

「はいはい、俺が持ってやるから」

「わぁい!何かモデルさんみたい!」

「じゃぁ俺はマネージャーかよ」

そうしていれば隣から楽しそうな笑いが聴こえてくる。


「2人は仲が良くて羨ましいな」

「何だよ、お前も仲いいだろ?流」

「れ……蓮」

何顔赤くしてんだ?熱中症じゃないよな……?


「あ、蓮!クレープ屋さん!3人で食べようよ」

「クレープか。いいぞ。流は甘いものは」

「食べたこと……なくて」

「へ……?」

「その……こうやって友だちと出掛けることも初めてだったから」

「何だ、そうだったのか?ならお前の初めてだな」

「は……初めてっ」

やっぱり顔が赤いな。


「あっちのパラソルの下行こうぜ」

少し熱冷まししないと。


「う……うん」

「俺が買ってくるから。チョコとイチゴとバニラ。どれにする?」

「私イチゴ!」

「分かった。俺はチョコでいいや。流はどうする?」

「その……蓮と一緒でいいよ」

「分かった。ちょっと涼んでな」

「う……うん」


※※※


――――side:流


幼い頃から妙なものが見えた。

その度に兄さんが守ってくれた。だけど俺がいつも何かに怯え錯乱することに両親は離婚し俺は母さんに、兄さんは父さんに引き取られた。



だけど……両親は順を追うように他界した。


その後は兄弟バラバラに親戚の間を転々とした。


『あのこ、気味が悪いのよ』

『いつもひとりでブツブツ』

『脅えたように逃げたり』

『養ってやってるのに』

『……嫌な子』

いつもそんな陰口に脅えていた。最初は優しかった親戚もクラスメイトも次第に遠巻きにするようになった。

それでもできるだけ波風を立てないように努力した……はずだったのに。


いつもいつも上手くいかなかった。


「天さんって何が好きなのかなぁ」

「……っ」

雀さんの呟きにハッとする。そうだ、今は違うんだ。


こんな俺でも奇妙だと思わないでくれる。同じものが見える蓮。そして見ることの出来る雀さん。兄さんとも……今は一緒に暮らしているんだから。


「ねぇねぇ、流くん、どう?」

「え……ええと……気が付くとゼリー食ばかりだから」

「ええっ、お料理は?」

「俺の健康も考えて……最近は食べてくれる……よ」

「それって天さんの手料理?流くんの?」

「料理は良く分からないから……コンビニやスーパーのお弁当だけど。でも……作れたらいいなって」

「なら蓮に習ったらどう?お嫁さんに欲しいくらい料理上手だから!」

「お……お嫁さん」

何を考えてるんだ、俺は。


「私も料理上手くなりたいなぁ。それでね、天さんの……」

雀さんの声が遠退く。いや……違う。近付いてくる。


「流くん?顔が真っ青……っ!」

まずい……このままじゃ……っ。


「まさか……鬼眼開眼!」

「ダメだ、雀さん!」

雀さんの眼にもあの恐ろしいものが見えてしまう。


「下がって!私にもこのバールのようなものがある!」

「それって日傘……っ」

それに下手に手を出したら!


「お前ら!」

蓮がクレープを持って慌てて駆けてくる。


――――しかしその時、恐ろしいものが霧散する。


「世話の焼ける」

確かこの人は。


「げっ、サイボーグ」

「助けてやったのにそれか、課長の弟」

「分かったよ、助かった」

俺たちにクレープを手渡すと蓮が自身のチョコクレープをサイボーグ……じゃない。郷田さんに差し出す。


「……私はイチゴ派だ。自分で買ってくる」

「……マジかよ」

俺も心の中から声が漏れそうになった。


だけど……そうだったな。


「どうした?そんな顔をして。俺のことだけ見とけって言ったろ?」

「ああ……蓮」

蓮がいてくれるのならもう脅える必要もないだろうか。


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