第5話「安全なはずの場所で」
エモリア学園の訓練用ダンジョンは、全部で五つある。
今回の課外実習に指定されたのは、第三訓練区画。
難易度は低く、初心者向けの場所だ。
「……ほんとに、ここでいいの?」
リュナが、入口の看板を見上げる。
「安全度Aって書いてあるぞ」
レオが、気楽に笑う。
「前回が異常だっただけだ」
バルト教官は、腕を組んで言った。
「今回は、予定通りの訓練だ。
過剰に警戒する必要はない」
エンジュは、胸の前で手を組んだ。
「……うん、そうだよね」
だが、心臓の奥が、微かにざわつく。
「ダン」
「分かってる」
彼は、彼女の隣に立つ。
「何かあったら、すぐ言え」
「……うん」
◆◆◆◆
ダンジョン内部は、明るかった。
苔が光を放ち、通路を照らしている。
「前の場所より、ずっと普通だね」
ミルカが、ほっとしたように言う。
「これが、訓練用の正しい姿じゃ」
ムグルは、尻尾を揺らす。
「昨日の場所が、異物だったのだ」
「……異物って」
ユークが、壁を観察する。
「でも、ここも構造が規則的だ。
自然じゃない」
「ダンジョン自体が人工物だからな」
バルトが答える。
「だが、問題は――」
そのとき。
通路の先で、魔物が姿を現した。
「ゴブリン三体!」
レオが叫ぶ。
「いつも通り、隊形を組め!」
バルトの号令で、前衛と後衛が分かれる。
「エンジュ、後ろだ」
「うん」
彼女は、深呼吸する。
「……怖くならない、怖くならない」
小さく呟きながら、魔力を絞る。
淡い光が、彼女の手のひらに集まる。
「風よ、押し返して」
突風が走り、ゴブリンを壁に叩きつけた。
「よし!」
リュナが続けて魔法を放つ。
「次!」
戦闘は、問題なく終わった。
「……なんだ、普通だ」
レオが肩をすくめる。
だが。
床が、かすかに震えた。
◆◆◆◆
「……揺れた?」
ミルカが、足元を見る。
「地盤沈下か?」
バルトが周囲を警戒する。
そのとき、壁の一部が、音もなく消えた。
「……え?」
空間が、裂けるように開く。
奥に見えるのは、暗い空洞。
「隠し区画……?」
ユークが息をのむ。
「また、か」
ダンが低く言う。
ムグルは、鼻を鳴らした。
「……やはり、この世界は重なっておる」
「重なってる?」
「表のダンジョンと、裏の施設じゃ」
エンジュの胸が、嫌な音を立てる。
「……また、核の欠片?」
「近い」
ムグルは、ゆっくり頷いた。
「だが、今回は違う」
「違うって?」
「……装置じゃない。
“通路”じゃ」
暗い空洞の奥から、微かな青い光が見える。
「世界の核心へ、つながる道じゃ」
「……道?」
エンジュの指先が、震える。
「行くのか?」
レオが、ダンを見る。
「……行かない、とは言えない」
ダンは答えた。
「放っておけば、誰かが踏み込む」
「……わたし、行く」
エンジュが、小さく言った。
「……エンジュ?」
「ここで逃げたら……
ずっと怖いままだと思う」
ダンは、彼女を見る。
「無理はするな」
「うん……
ダンが、いるなら」
彼は、前に出る。
「俺が先に行く」
暗闇の中へ、一歩踏み出す。
その先に何があるのか、誰にも分からない。
だが。
世界の中心へ続く“道”は、
確かに、開いてしまった。
安全なはずの場所で。
彼らは、また一歩、核心に近づいていた──。
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