猫乃わん太の事件簿~渇いた月に遠吠えを~

水城みつは

第1話 ぬいぐるみ系VTuber、猫乃わん太わん

「犬、いや、ぬいぐるみ……?」


 ヒーローショーのバイトが終わって表へと出てきた少年は広場の一角で子供たちに囲まれている何者かに目を留め、瞬きを二、三度繰り返し、再び二度見した。


 ――待て待て、何だアレは?


 そのまま表現するならば、二足歩行の犬のぬいぐるみが子供たちに囲まれている。

 ここが遊園地であり、ヒーローショーが終わった広場であることを考えればさして珍しい光景ではない。


 そう、その大きさが子供の身長の半分もなく、大人のヒザ下、つまりは四、五十センチほどしかないことを除けば、だ。

 そんな犬のぬいぐるみが子供たちに話しかけられ、握手などしている。


「技術の進歩って凄い……ってレベルじゃないだろ」


 サイズ的に無理なことが分かっているが、中に人でも入っているだろうというレベルの動きをしている犬のぬいぐるみに対する違和感に少年は頭を振った。


「先輩、挙動不審ですけど、どうしたんですか?」


 そんな少年に同じぐらいの年頃の少女が駆け寄ってくる。

 無言で肩を竦め、少年は犬のぬいぐるみの方を目で示した。


「……っ! え、あれ、わん太くんですよね。先輩、教えて下さいよ!」


 さも少年が悪いような口ぶりの少女は、困惑する先輩を引き摺るように騒動の中心を目指して歩き出す。


「教えてって言われても、わん太くんって何、俺、初めて聞いたんだけど。七巳ななみさんは知ってた感じ?」


 少女は先輩、先輩と呼ぶが、事情があって後輩になっているだけで七巳ななみと呼ばれた少女と少年は同じ年齢だ。


よる先輩、配信サイトとか見ない人でしたか? わん太くんはぬいぐるみ系VTuberとして大人気なんですよ。ただ、何故かチャンネルが見つからない時も多くて、陰謀論とか都市伝説的な扱いをされたりもしてますね」


「……ところで、どうみても犬のぬいぐるみに見えるのだけど?」


 スキップしそうな勢いの七巳に訊くのも野暮かとは思いつつ、夜は尋ねずにはいられなかった。


「……先輩、配信に疎い先輩のために解説すると、アニメとかゲームみたいなアバターの姿で配信するのがVTuberなんです。つまり、わん太くんは可愛い犬のぬいぐるみ姿をしてるVTuberなんですよ」


 少し呆れたように七巳がVTuberの説明をする彼女に対し、夜は何も言う事が出来なかった。

 VTuberはバーチャルな世界の中だからこそ成り立つのであり、現実世界で犬のぬいぐるみの姿をしていた場合、それはVTuberと言えるのだろうか……。

  

 ――いや、そもそも、あのサイズでは中に人が入っている可能性はゼロだ。

 ――ロボットや遠隔操作にしては滑らかで人間味がありすぎる。

 ――そして、彼女含めて周囲の子供に大人も受け入れているのが何よりもおかしい。


 七巳に引き摺られるように騒動の中心地へと達した夜少年は更に困惑することになる光景を見る事になる。


 🌙 


「あ、そろそろ配信を始めるから、少し下がって貰えるかわん? それから、配信に映るのがNGな子が居たら先に言ってわん」


 そう言って、犬のぬいぐるみこと『わん太』は銀色の丸い球体をどこからともなく取り出した。


「は? 何あれ、ってかどこから出した?!」


「先輩、静かにしてください。只の配信用ドローンですよ」


 音もなく配信用ドローンが浮き上がり、周囲に半透明の板のようなものを展開する。

 わん太の正面に移動したドローンがピカピカと点滅した。


「こんにちわ~ん! ぬいぐるみ系VTuber、猫乃わん太わん。今日は巷で話題の月読つくよみとうげに来てるわん」


 犬のぬいぐるみこと『猫乃わん太』はくるりと一回転してポーズを決めた。

 見た目はブラックアンドタンな柴犬といったところだ。なお、七巳によるとミニチュアダックスフント説もあったが本人曰くドーベルマンらしい。


◯[こんにちわーん、待ってた。月読つくよみとうげってあの月読つくよみとうげ?]

◆[あ、やっぱりアレを手に入れたら行くしかないよね]

❤〚わん太くん、かわわぁー。ところで、月読つくよみとうげって?〛


 ドローンの周囲に展開された半透明の板にリスナーのコメントらしき文字列が次々と流れる。


「こんにちわーん!」

「わんわーん!」


 周囲の子供たちも大きな声で挨拶している。


 ――オカルトも科学もお腹いっぱいだというのに、これは科学を越えてSFの領域だろう。


 音もなく浮かぶ球体ドローンにはプロペラのような機構は見えず、周囲に浮かんで見えるホログラムはリアルタイムにリスナーのコメントを空中に流している。

 なにより、七巳を含めて周囲の誰一人としてこの現実離れしている光景に違和感を覚えていなさそうなのがオカルトだと夜は感じていた。


月読つくよみとうげはつい最近、恐竜さん、あ、恐竜じゃなかったかな。とにかく、大きな蛇の化石が出て話題になったところわん」


∴[化石の正体についてはティタノボア説や全くの新種説も出て侃々諤々かんかんがくがくみたい]

◎[化石見に行くの? 確か予約でいっぱいだったような]


「ヘビさんだよー!」

「ぼくもヘピさんみたー!」


「ヘビさんかぁ、ボク食べられちゃったりしないわん?」


「だいじょーぶ……かなぁ」

∪[ぬいぐるみだから美味しくないのでは?]

「えぇっ、食べられちゃやだ!」


 リスナーに加え、周囲の子供たちとの掛け合いが続いている。


「思った以上にわん太って人気なんだな」

「でしょ、でも、私もまさか推しに実際に会えるとは思わなかったわ。いやあ、本当に実在してたんだ……」


――なるほど、確かに小さな身体であっちこっち移動しながら喋る姿は可愛い。


 抱えていた違和感が解消されそうになるのを感じ、夜は再度頭を振った。


――この際、オカルトでも科学でもSFでも気にしない……が、面白そうだ。


 夜は知らず知らずのうちに謎多きVTuber『猫乃わん太』の方へと一歩を踏み出していた。

 

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