第23話 心配する彼女
「武術大会はおやめになったほうがいいかもしれません。ジャスティン殿下と戦うことは避けたほうがよろしいと思うのです」
花瓶に飾られている芸術的な花を通りすぎ、部屋へ帰っている時だった。ポーチの蓋を少しあけて、顔を出してエリスがそんなことを言ったのは。なぜそんなことを急に言うのだろうかと思わずオレは眉をひそめた。
「なぜだ?言っておくが、オレは日々、訓練をしているし、わりと強い方だとは思う。騎士たちが手加減してくれているのかもしれないが……ジャスティンに負けたことは一度もない」
「……ですが、私、心配なのです」
「思ったより心配性だな。大丈夫だ。絶対に負けない。エリスに勝利を贈ると約束する」
フルフルと首を横に振るエリスはポーチの蓋を押し上げて広くし、真剣な表情でオレをじっとみつめている。
「私は勝利より……アル様がご無事でいることが、なにより重要なのです!」
心からオレを心配し、不安になっている様子だが、なにが彼女を心配にさせているのかわからない。
「怪我一つなく、勝利をエリスに贈る自信がある。オレが勝てると信じてもらえないかな?」
オレの言葉を聞いて、ポーチの中へパタンッと潜りこんでしまうエリス。なぜ引きこもった?女心はよくわからない。大多数の女性は勝利を贈られることを名誉に感じ、喜ぶはずだ。エリスはちょっと他の女性とは違うところがある気がする。……そこが良いのだが。
「エリス」
オレは優しい声を出し、彼女の名を呼んだ。
「大丈夫だ。エリスがオレの事を案じてくれる優しい心を受け取っておくよ」
ポーチの中からハイと小さくか弱げな声がした。心配症だな。笑って勝利の証を渡してやろうとオレは思った。
エリスが何に心配しているのか、オレはまったくこの時、気付いていなかったのだった。
その3日後、春花祭りの最後を締めくくる武術大会が開催された。騎士、王族、貴族から選出された猛者たちが集う。父である国王陛下も観覧している。観覧席には美しい花輪が飾られていた。
騎士たちは自分の意中の娘たちに勝利を贈ると微笑みかける。娘たちは勝利をすれば、手に持っている花を騎士に贈る。それが何よりの栄誉だ。エリスもあの中に本来ならいてもおかしくはない。14歳になれば、婚約者や意中の相手を探しに社交界デビューし、観覧席に座ることができるからだ。
オレは手を伸ばし、エリスが差し出す花を手に取る……そんな空想をしてしまった。今は叶わないが、姿を戻し、叶う時がくると信じたい。
今日、使うための自分の剣を磨く。すべて刃はつぶしてあり、安全のため、訓練用の鎧を付ける。馬はいつも乗りなれている馬だ。武具や馬具をしっかり点検しておく。
そんな作業をしている時、ふとジャスティンの視線に気づく。ニヤニヤとしながらこちらを見ている。
しまった。目があってしまった。こういう場合は気づかないふりをしてやりすごすのが正解だ。
嫌な予感がしたが、それは現実となり、ジャスティンは近づいてきてオレの目の前に立つ。そして皆に聞こえない声で言い放つ。
「今日は正々堂々と戦おう……その美しい顔に傷をつけてやるのが楽しみだ」
煽ってこちらの気持ちを苛立たせる作戦だと思いながらも、オレはイラッとし、目を細めてジャスティンを睨むように見た。試合前から試合は始まっている。相手がその気ならば、こっちも受けて立つまでだ。
「毎回、聞くそのセリフ、もう言わせないくらい今回は叩きのめす」
オレの低く好戦的な一言に、一瞬、うっと怯むジャスティン。本当は気弱なくせに、毎回口だけでどうにかなると思って威嚇してくるのが面倒くさい。
「可愛い弟と手合わせできるなんて、楽しみだな!良い試合にしよう!」
大きな声で皆に聞こえる声で言う。頬に一筋の汗を流しつつ、皆の前では朗らかな良き兄を演じるジャスティン。
しかも握手をしようと手を伸ばしてきた。オレはその手を無視し「よろしくお願いします」とだけ言って背を向けて歩いていく。
「冷たい弟だなぁ。でも今年は勝てそうだ!皆、応援を頼む!!」
上機嫌でそう言う兄の言葉を聞きながらオレは振り返ることすらしなかった。
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