2-2【視点S】サイカは対人麻痺
「……ふぅ」
勇者様はまた袖で汗を拭うと、シャツの胸元を摘みパタパタと風を送り始めた。
「アヤも汗だくじゃん、もう上脱いじゃったら?」
「んん……いや、大丈夫」
「また倒れても知らないよ? チビどもしかいないんだし、これだけ疲れてたらチャームも切れてるって」
彼女たちも魔力の波動、チャームの効果が疲労により弱まることは理解しているらしい。一般人がチャームを受け続けると、軽い魅了……洗脳状態になることがある。それを勇者様は良しとせず、普段はなるべく素肌を見せない格好を心がけているのだろう。
「ほら、アイツが来る前に……」
どうやら、僕がすでに近くのベンチで様子を伺っていることには、二人とも本当に気づいていないらしい。僧侶様が、勇者様が着ている長袖の裾に手をかける。嫌な予感がした僕は、慌てて立ち上がり今来た風で近づく。
「お、遅くなってすみません! 勇者様、もういらしてたんですね」
「うぇあっ?! あ、あんた、いつから……?」
「つい、さっきですよ」
僧侶様の反応は予想通りだった。だが勇者様のほうは僕が近づいても微動だにせず、汗に濡れた前髪から覗く瞳で、僕をじぃっと見つめる。
「……あの、勇者様?」
「え、ああ、ううん……ごめん」
慌てて胸元を隠してはいるが、彼女から恥じらいは感じられない。それどころか焦点の合わないまま、こちらを眺めている。
「アヤ、大丈夫?」
「ん……ちょっとぼーっとしてただけ……」
汗の量も尋常ではないし、目が泳いでいるようにも見える。これはおそらく……熱中症だ。
「……ヒューマンケイン・レディ」
僕はお気に入りの赤い杖、その名もヒューマンケインを呼び出した。
「セット・アクアリウム・アイスエイジ・ソルティ・スタンバイ」
杖をかざし、魔力を込めながら魔法陣を描く。すると空気中の水分が凍結し、空中に複数の小さな氷の塊が出現する。それらはその場でくるくると回転しながら、僕の指示を待つように浮遊する。
「なんだあれ!」
「すっげー!!」
子どもたちもそれに気づいたようで、水飲み場からこちらに駆け寄ってくる。
「これって、氷属性の魔法……?」
「きれい……」
勇者様たちの反応から察するに、これも初めて見る魔法のようだ。確か、歴代の召喚された勇者様たちが元いた世界は、魔法が存在しない世界だったはず。勇者様たちもこの世界に召喚されてからまだ日が浅いだろうし、見たことないのは当然かもしれない。
「氷が浮いてるー!」
「すっげー!!!」
そして、この子どもたちも魔法に縁のない生活を送っているのだとしたら、それはきっと喜ぶべきことだ。もし万が一この世の魔族が絶滅するようなことがあれば、次の標的はきっと魔法使いだろうから。
「……ついでだ。サイカ・ワ系フローズン、ファイヤー!」
僕はその氷の塊を、その場にいる全員の首筋にぶつけ、一気に魔力を流し込む。
「冷たっ!?」
「うひゃあ!」
全員の首筋から、白い蒸気が立ち上る。
「……あれ?」
「痛くない……?」
「でも、川で水浴びした時みたいな感じ!」
「さっぱりしたー!!」
子どもたちは不思議そうに首をさすっている。勇者様と僧侶様も、何が起こったのかわからないようで目をぱちくりさせている。
「これも……賢者様の回復魔法?」
「すげー! 仮面の兄ちゃん魔法使いなのか!?」
「かっこいい!」
「もっかいやってー!」
子ども特有の好奇心旺盛な眼差しに囲まれ、思わずたじろぐ。
「え、あ……でも……この魔法は攻撃用の状態異常の魔法の威力を緩和したもので……複数回使用すると……」
「何言ってるかわかんなーい!」
「もっかいもっかーい!」
たじろぐどころではない。僕は子どもたちを前に、完全に麻痺状態になってしまった。
「あ、あの……あるいは……一定の時間を空ける必要があって……」
「……ねぇ、それじゃあさっきの魔法じゃなかったら良いってこと?」
救いの女神の声が聞こえた気がしたので振り返ると、復活した勇者様が僕の袖をくいくいと引っ張っていた。
「え? え、えぇ……そうです」
「そう……じゃあみんな、代わりに私が魔法使ってみるから、お兄ちゃんから離れてあげよっか!」
「アヤ姉ちゃんが?」
「やったー!!」
子どもたちは一斉に僕から距離を取り、勇者様についていく。僕はというと、いまだに身体が麻痺して動けない。
「アヤ姉ちゃんの魔法、早く見せてー!」
「よし、みんな揃ったかな? それじゃあみんな、今日はたくさん遊んで、たくさん転んだりしたでしょ?」
「うん! けど、俺へーき!」
「こんなのかすり傷だって!」
「私、ちょっとまだ痛いかも……」
「そうだよね。でも大丈夫!」
いつの間にか彼女の手に、僕のお気に入りの赤い杖があった。
「みんな見ててね……。ヒューマンケイン・レディ!」
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