君のいない世界で。への応援コメント
私も犬を飼っていましたが……このように心情を吐露はできませんでしたねぇ……。
オッサンなのですが、男の子なのでねw 強がっちゃうんですww
私の場合、「匂い」が日々薄れていくと感じましたねぇ。
亡くなった直後はいつも通りの匂いがして、1週間が経っても僅かな物音に「もしかして」なんて反応していました。そんなワケはないのですがねw
でも1カ月経ち、2カ月が経ち、だんだんと匂いが薄れていくのと比例して「もしかして」と思わなくなっていっちゃったんですよね。
「いない」のが当たり前になっちゃいました。
私個人の思想の話ですが、私は「生まれ変わり」というものを信じていません(信
じておられる方を否定する意図はありません)
だから、出会って家族になってくれた子には「次なんてない」と感じながら全力で愛を注ぐようにしています。……過去の子にはできなかったのでね。
私の話ばかりで申し訳ありません。
でも御作を読んで、家族になってくれた子たちを思い出して懐かしい気分になれました。別れは辛いですが、その想い出も「確かに彼らがいた証」ですからね。
大切にしたいと思います。
作者からの返信
ボルコム様、お読みいただき、コメントもありがとうございます。
私も生物学的には【男の子】ではありますが、思う感情は余さず表すようにしています。根底が芸術家なものでw感情を飲み込んでやり過ごしたはずのものが自分の中で膿んでしまったこともあったので。
匂いが薄れるのよりも私は、感覚が薄れることを感じました。彼がくっつきに来てくれる時の質量感、撫でた時の手触り、抱っこした時の重み……そういったものが思い出せなくなっていく事が切なかったのが大きかったです。
読んで家族になってくれた子たちを思い出すきっかけになってくれたならば、書いてよかったなと思います。お読みいただき、ありがとうございました。
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一代目のわんちゃんが亡くなった時に、感じたショックを思い出しました。
でもきっと、ウサギさんもワンちゃんも、幸せに生きていたと思います。
どこかで区切りをつけるという意味でも、49日というものもあるのかもしれませんね。
お悔やみ申し上げます。
作者からの返信
遠藤考祐さま、コメントだけでなく温かいレビューまでありがとうございます。
幸せに生きていたと思ってもらえる事以上の慰めは無いですね。向こう側で幸せだった思い出だけを持っていてくれたらいいな。
49日=気持ちの区切りという先人の考えたシステムは本当に凄いなと考えさせられます。日数にしても本当に絶妙で、これが28日とかだったら未練を手放せないだろうなと思いました。
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死生観は難しいですね。。。
人や国によって違うし、正解などないのでしょう。
肉体は消えても魂は一緒かもしれない。
死んだら「無」であり、残された方が諦められずに足掻いてるだけかもしれない。
でも間違いないのは、悼む気持ち、感謝の気持ちだけは、彼等が残してくれた本物だということで、「我思う、ゆえに我あり」ならぬ「我思う、ゆえに彼等あり」みたいな感じなのかなって。。。
う~ん。自分でも何を言ってるかわからなくなって来たゾ
作者からの返信
いかとたこ様、コメントありがとうございます。
いや、言いたいことはとてもよく伝わってきますよ。それをちゃんと言語化して説明しようと頑張ってくれた事も^_^
仰る通り、死を悼むことに正解はないし、亡くなった側のことは分からないですが。分かるのは遺された側が納得いく形で気持ちが整理できれば良いのだという事なのかなぁと今は思っています。
温かいコメント、ありがとうございました。
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ウサギは保護をしたことがありますが、長期間飼ったことはありません。
一緒に過ごしていると、本当に家族のような存在に成るのは他のペットと一緒ですね。
私も飼っていた猫が居なくなった時には、ずいぶん探しましたし、何時でも帰ってきていいように食器やツメトギなどを片付けることが出来ませんでした。
謹んでお悔やみを申し上げます。
作者からの返信
月影さま、温かいコメントをありがとうございます。
ペットの種別に限らず、一緒に過ごしていればそれは家族として重さに優劣はつけられるものではないと思います。
ねこサンが居なくなってしまった話、お聞きするだけでも胸が締め付けられる思いです。それはどうやっても片付けるなんて難しいですね。
お悔やみ、ありがとうございました。
編集済
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お、ケイさん。心に染みるお話でした。
わたくしの場合は金魚でしたね。小学校6年の時に近所の金魚屋で買ってきた、水泡眼っていう金魚が、大学3年まで生きたんです。別段大切にしてわけでもなくて、水色のバケツで飼ってたんですが、いつも壁に沿って回っていたので、身体が壁にそって湾曲してしまいました。きっと彼(彼女?)にとっては、この世界は永遠の旅路で、時々神様が上からご馳走を降らせてくれる、そんな感じだったのだろうと思っています。
新潟市の話ですから、ケイさんの近くかも知れませんね(ちがったっけ?)。
大学は東京でしたから、死んだときは姉が泣きながら埋めにいったそうです。
でも、ケイさんがかいておられたように、輪廻転生って、あるんじゃないかと思いますよ。わたくし、割合信じてるんです。自分の人生が、そろそろ最後の直線を向くころなんですが、「このラウンドはそろそろ終わりだけど、また次があるさ」って思っていると、気が楽になりますしね。
二代目の彼も、きっと初代の生まれ変わりですよ。
それではまた。
作者からの返信
小田島さま、コメントありがとうございます。返信遅くなってしまいすみません。
金魚は私も飼っていた事がありましたが最長で4年でしたので、倍以上となると相当な長生きでしたね!それは亡くされて気持ちも相当だったと思います。
輪廻転生は絶対にあると信じているので、何かの形で再会してくれるのだと今でも信じているのですが…
小田島さま、流石にご自身が終わりを迎えるのはまだまだ先ですよっ!もっともっと生きて多くのことを周りにもご自身にも残して下さいね🎵
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タイトルと説明文を見て、これはペットロスの話だと気づいて、だいぶ、読もうかどうしようか迷いました。
私は猫を飼っており、情けない話ですが、元気にしている今の段階から、この子が死んでしまったらどれほど悲しいだろうというのを想像して泣いて途方に暮れることさえあります。
御作を読みながら、後半はもう何が書いてあるか判別できないほど泣きながら読みました。
今からこんなことでは、死んでしまったら取り返しがつかなくなるのではなかろうか、などと思ったり、今は元気なんだから精一杯かわいがってあげればいいではないかと思ったり。
実はうちの子も、多分生まれつき脚が弱い(もしかしたら三半規管かも?)のです。良く転びますし、高いところにも決して登ろうとしません。でも、自分で自分の身体の事がわかっているのか、今では危ないこともせず、安全な範囲で楽しそうにしております。
あるがままに生きて、天寿を全うしてくれればいいと、そう願っております。
正直、「その時」が来た時私はどうなってしまうのか想像もつきませんが、後でこうしておけばよかった、などと思わずに済むよう、たくさんの時間を一緒に過ごしたいと思っております✨️
作者からの返信
天川さま、温かいコメントありがとうございます。
私もまさにそうでしたよ、この子が亡くなったら先は想像も出来ない、と。でもその時が来てしまったので…そこでの感情を余さず書いた次第です。
その時がまだまだ来ないでくれる事を心から祈っておりますが、もしその時に私の事例が少しでも役に立ってくれたのなら、書いたよかったと思えます。今、ねこ様と一緒にいる時間を何よりも大切にしてあげてください。
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川中島ケイ 様
私も愛犬と愛猫を亡くした経験があります。
ペットと言えど家族です。でも、虹の橋を渡った後の喪失感はなんか人が亡くなった時とは違う喪失感がありますね。なんか、心のすき間を埋めていたものが無くなったようなさびしさですね。
そして、川中様が気配を感じたとのことですが、恐らくそれは本当だと思います。極まれに、洋服(毎回洗っている)や部屋の隅っこに、その子たちの毛がついていたり、落ちていたりする時があるんですよね。その時は、あぁ、会いに来てくれたんだと思っています。
『彼』は、川中様の側に、いつでも、どんなときでも、そっといてくれていると思います。