第11話 或る告白1/ワロルト公①
■或る告白1
五十五の星霜。
かつて奈落の淵でも
この
かつての私は、人生などという舞台は呼吸をするよりも容易い遊戯だと信じて疑いませんでした。
ところが、現在の私を見るに。皮膚に刻まれた皺、枯れ枝のような指。鏡の中にいる男は、
衰えゆく筋肉は鉛のように重く、研ぎ澄まされていた刀技は錆びつき、あれだけ使い込んで来た魔導詠唱すら、最初の一語が、あろうことか、忘却の霧の向こうへ消え去り出てこないことがあるのです。
殊に耐え難いのは魔力の枯渇です。私が私であるための唯一の拠所であった「あの異能」は、魔力の減退と共に指の間から砂のようにこぼれ落ちて行ったのです。今の私は、普通の一流……いや、数合わせの二流以下でしかありません。
鏡の中の男。哀れで、空疎で、醜悪な存在への嫌悪は、いつしか
「ッ、――あああああああ!」
私は憤怒に突き動かされ、拳を鏡へと叩きつけました。バリィイインンン、と、悲鳴のような音を立てて砕け散る、鏡の中の私。
床に散った無数の破片の一つ一つに私が映り込んでいます。すると、その中の一人が、不意に黄金の光を放って微笑んだのです。それは今の私が何よりも渇望する、全盛期の輝きそのものです。
『私はお前だ。お前が何を欲し、何を失い、その空虚がどれほど深く暗いものか、私だけが知っている。埋めてやろう。その虚無を』
そうです。私が欲しいのは、あの無敵の感覚です。自分が世界の中心であるという全能感に陶酔し、至上至高の快楽に
取り戻したい。……「あの異能」、私をかつての私たらしめる、絶対的な源泉を。
「……叶えてくれるのか」
『造作もない』
「貴様は……一体、誰だ」
鏡の破片の中で微笑む黄金の私は、畏怖すべき「ある神」の名を口にしたのです。
***
■ワロルト公①
「空門、ワロルト公の所へ行くぞ。お前が選んだこの土地の、賃借料を払いに行くんだ」
ワロルト公はこの土地の本来の使用権者だ。没落しているとはいえ、ワロルト中興の祖で、人々からの信望はなお篤い。そのような人とは、良好な関係を築いておかなくちゃいけない。
ワロルト公の住まいは、郊外の、時代の面影を今に残す、かつて魔道具工房だったという小さな家屋。その工房で俺達はワロルト公と対面した。挨拶をし、頂戴します、名刺を交換した。
あれから俺は図書館に行ってワロルトの土地の使用権について調べた。
「ワロルトの起源は、小さな農村だったそうですね」
「そうじゃ。行き倒れたワシを村人が救ってくれた。村は複数の街道の交差点じゃった。人の行き交う村はやがて町になり、町は都市になった。自然災害や魔王の侵攻などの危機にも見舞われた」
俺は、某大学の工学部建築学科出身で、ゼミは建築経済学研究室だった。マクロ的な視点で見る経済の流れの中で、都市、及び建築が、人間とどう関わっていくのを読み解く領域だ。だから、ワロルト公の話してくれる都市生成の過程は、すごく興味深く聞いた。
「そのとき、ワロルト公が指導的な役割を果たされたと知りました」
「今はただの隠遁者じゃよ」
ワロルト公の施策の一つに、『土地は
「晴人君。街は賑わっておるかね?」
「人も亜人も溢れ、活気に満ちています」
「それは良いことじゃ」
「俺は、魔物が街で起業する手伝いを仕事にしています。『魔物起業
「ほう……。魔物の塔か。それは良いことじゃ」
「実はしかじかの経緯で勝手ながらワロルト公の土地をお借りしています。ついては月々この額の賃借料のお支払いを考えております」
「仕事は順調かね? 塔に住人はたくさん入っておるかね?」
「まだまだこれからですが、おかげさまで」
「今夜、丘の上から、君の塔を見てみよう」
「もう少し入居が進めば、窓の明かりもキレイかと思いますが」
「佐藤君。街の好況は良いことだが、度が過ぎればいつか必ず毒になる。気を付け給え」
「はい」
「土地の又貸しは禁じられておる。土地の占有は、
俺達はワロルト公の庵を辞した。
図書館の本に書いてあった。ワロルト自治政庁は共和制。つまり代表者を決めて都市の政治を行う。学校のクラス運営をクラス委員が行うシステムと、まあ似てる?
クラス委員が連判評議会だ。当初は上手く機能していた。だからワロルトは目を見張る発展を遂げた。しかし今、連判評議会は、ただ一人が牛耳っているらしい。それがフウガの父親、ダツマ会頭だ。クラス運営をワンマン教師が支配している。
「空門、ワロルト公ってエルフ並の長寿だよな? 小さな農村ワロルトで行き倒れたって」
■■■
次回:空門、お前そんなことしたら……死ぬぞ!?
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