第11話 或る告白1

 五十五の星霜。


 かつて奈落の淵でも疾風はやてのごとく駆けた私の躯は、いつからこれほど重くなったのでしょうか。夢の中で走らされるかのように、水の中を走るかのように、一歩が重く、四肢が粘りつくのです。


 このよわいに至り、思い知らされました。「あの異能」を剥ぎ取られた私は、ただの空疎な抜け殻に過ぎないのだということを。


 かつての私は、人生などという舞台は呼吸をするよりも容易い遊戯だと信じて疑いませんでした。戦隊パーティを組まずとも強大な魔物を屠り、街を歩けば「最強」「英雄」と囃され、その賞賛は蜜のように私を包み込んでいたものです。


 ところが、現在の私を見るに。皮膚に刻まれた皺、枯れ枝のような指。鏡の中にいる男は、乾燥花ドライフラワーと見まがう、かつての栄光の残滓ざんしすらありません。


 衰えゆく筋肉は鉛のように重く、研ぎ澄まされていた刀技は錆びつき、あれだけ使い込んで来た魔導詠唱すら、最初の一語が、あろうことか、忘却の霧の向こうへ消え去り出てこないことがあるのです。


 殊に耐え難いのは魔力の枯渇です。私が私であるための唯一の拠所であった「あの異能」は、魔力の減退と共に指の間から砂のようにこぼれ落ちて行ったのです。今の私は、普通の一流……いや、数合わせの二流以下でしかありません。


 鏡の中の男。哀れで、空疎で、醜悪な存在への嫌悪は、いつしか黒檀こくたんのように深くよどんだ欲望へと変質していきました。


「ッ、――あああああああ!」


 私は憤怒に突き動かされ、拳を鏡へと叩きつけました。バリィイインンン、と、悲鳴のような音を立てて砕け散る、鏡の中の私。


 床に散った無数の破片の一つ一つに私が映り込んでいます。すると、その中の一人が、不意に黄金の光を放って微笑んだのです。それは今の私が何よりも渇望する、全盛期の輝きそのものです。


『私はお前だ。お前が何を欲し、何を失い、その空虚がどれほど深く暗いものか、私だけが知っている。埋めてやろう。その虚無を』


 そうです。私が欲しいのは、あの無敵の感覚です。自分が世界の中心であるという全能感に陶酔し、至上至高の快楽に惑溺わくできしたい。その麻薬に冒されたまま果ててしまいたい。


 取り戻したい。……「あの異能」、私をかつての私たらしめる、絶対的な源泉を。


「……叶えてくれるのか」

『造作もない』

「貴様は……一体、誰だ」


 鏡の破片の中で微笑む黄金の私は、畏怖すべき「ある神」の名を口にしたのです。




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