夢に破れて故郷へ戻り、「ここには何もない」と諦観を抱えて生きていた元作家の青年・佐々木匠が、秋祭りの夜、鳥居をくぐった先で迷い込んだのは、夜空の下で淡く光る薔薇が咲き誇る、もう一つの故郷「鏡裏のローズシティ」。
そして、そこで彼を待っていたのは、ゴスロリドレスをまとう100歳の幼女吸血鬼市長・ロゼと、食いしん坊で愛嬌たっぷりなメタボ蝙蝠のふっくん。
元の世界へ帰るための条件は「町に貢献すること」。しかしその貢献とは、派手なモンスター討伐などではなく、若者の流出や知名度の低さに頭を抱える、驚くほど等身大で切実な「町おこし」でした――。
本作の魅力は、幻想的なファンタジーの奥に息づく、圧倒的な「生活の手触り」と「記憶のエモさ」。 料理人の息子である匠が厨房に立ち、からりと揚げる「クワイの素揚げ」。ニンニクと誤解され捨てられかけていた丸い実が、油の中で弾け、香ばしい湯気を立てる。小魚の出汁をひとさじ足して完成する、懐かしい福山ラーメン。包丁がまな板を叩く音や出汁の香りが広がるたび、夢の挫折で凍りついていた匠の心が、少しずつ熱を取り戻していきます。
そして何より胸を締め付けるのは、時を超える絆の切なさです。広すぎる城に幼い姿で一人佇み、亡き両親の遺志を背負って気丈に振る舞うロゼ。彼女が遠い昔に食べたクワイの味と、匠の亡き祖母が残した「吸血鬼はとても優しい」という記憶の重なりと、ふっくんが吐き出した古い紫のお守り――散りばめられた郷愁のピースが結びつく瞬間、自然と胸が熱くなります。
縁起物として「芽が出る」と親しまれるクワイのように、一度立ち止まってしまった大人の心にも、静かに希望を芽吹かせてくれる物語。常夜の街に灯る薔薇の明かりと優しい湯気に誘われて、あなたもこの温かな物語の扉を開いてみませんか。