第4話 - 値引くまでお前のケツの穴追いかけるぞ

 冒険者ギルドを出て、そのまま真っ直ぐ歩いた。

 足取りは重いが、迷いはない。装備屋の扉を蹴るように押し開けると、油と鉄の匂いが鼻を刺した。壁一面に吊るされた武器。床に並ぶ鎧。どれもが、金と命を天秤に掛けるための道具だった。


 パラディソは何も言わず、無言で歩み寄る。

 そして、脱ぎはじめた。肩の盾。背中の大剣。胸当て、肘当て、脚甲。身に着けていた装備を、順にカウンターへ放り出していく。最後に、手早く留め具を外し、防具を脱ぎ捨てた。店内が、妙に静まり返る。


「……あんちゃん。全部売って、どうするつもりだ?」


 カウンターの奥にいた店主が、目を瞬かせる。

 中年の男。鍛冶焼けした腕と、商人らしい計算高そうな目付き。その問いにパラディソは答えなかった。


 カウンターを一度、強く叩く。

 身を乗り出し、店主を睨みつける。


「訊いてどうすんだよ。あ? さっさと買い取れ」


 低い声。吐き捨てるように言い放つと、店主の肩がびくりと震えた。

 店主は慌てて装備品を抱え、奥へ引っ込む。

 金属の触れ合う音が、忙しなく響いた。


 残されたパラディソは、下着一枚のまま、店内を見回す。

 軽い武器。軽い防具。目は、自然と細身の剣や、短柄の武器に向かう。致命打と攻撃速度。振れる回数。間合い。戻りの速さ。


「……軽けりゃ良いってもんじゃねぇんだよな」


 独り言が零れる。

 軽すぎれば、刃は折れる。薄すぎれば、受け切れない。殴るなら、壊れないものを。切るなら、より鋭利なものを。耐えるなら、重さは要らない。


 しばらくして、足音が戻ってきた。

 店主が、麻袋を抱えて戻ってくる。袋の中から、金貨の縁が覗き、鈍く光っていた。袋を、どさりとカウンターに置く。


「待たせたな。あんちゃんの装備はな。使い古されてはいるが、良い品だ――金貨百枚でどうだ?」


 パラディソは眉を跳ねさせ、顔を顰めた。

 店主は慌てて手を振る。


「ま、待て! 分かった、百二十枚だ!」


 再び、カウンターが鳴る。

 前のめりに店主を見据える。鋭い眼光が、その怯えた目を射抜いた。


「もっと上乗せしろ」

「……ひゃっ、百五十枚! これ以上は無理だ!」


 叫ぶように言い切った瞬間、パラディソの口元が、ゆっくりと弧を描いた。パラディソが頷くと、店主は歯を食いしばり、さらに金貨を袋へ放り込んだ。半ば奪うように、麻袋を掴み取る。金貨の重みが、手に心地よく伝わった。


 そして、再び店内へ視線を走らせる。


「武器と防具を買う」

 淡々と告げる。


「武器は――軽い中でも、頑丈なやつを頼む。防具も、できりゃ軽いのをだ」

「あんちゃん、パラディンだろ? 良いのか?」

「良いんだよ。オレはもうヤケクソなんだからよ」


 その言葉に、店主は一瞬だけ、怪訝な顔をした。

 だがすぐに、商人の笑みに切り替わる。


 防具は、すぐに決まった。

 黒色のシャツに、革製の胸当て。ズボンは伸縮性のある黒生地で、動きを妨げない。膝当てと脛当て。必要最小限。


 守るためじゃない。

 殴るために邪魔にならない。それだけで良かった。


 問題は、武器だった。

 パラディソは棚の前で腕を組み、睨むように並んだ刃物を見渡す。ナイフは軽いが、薄すぎる。折れる未来が容易に想像できた。レイピアや通常の剣は、悪くはないが――遅い。攻撃速度が足りない。


 行き着いた先は、短剣だった。

 手に取ると、驚くほど軽い。握りも悪くない。掌にすっと収まる。試しに振ってみる。ぶん、ぶんと、空気を切る音が軽やかに響いた。


「短剣ってこんなに軽いのか……大剣とは大違いだな」


 思わず零れる。

 それに、カウンターの向こうから店主が鼻で笑った。


「当たり前だろう。何のための短剣だと思ってる」


 パラディソは目を細めた。

 視線は刃へ。指先が刃先を掴んだ。


「お、おい! 何して――」


 力を、少し込める。すると、乾いた音とともに刃が割れた。


「……あ?」

「てめぇ! 何壊してんだ!?」


 だが、パラディソは聞いていなかった。

 割れた刃を見下ろし、顔を歪める。


「ッざけんな! 何ナマクラ売りつけようとしてやがる!」


 罵声を浴びせられ、店主は肩をすくめた。

 悲しげな眼差しで、折れた短剣を受け取り、そっとカウンターに置く。そのまま奥に行き、別の短剣を取り出した。何処にでもありそうな、銀色の短剣。装飾もなく、実用一点張りの顔をしている。


「これもナマクラじゃねぇだろうな?」

「それはワシの最高傑作だ! そう簡単には折れん!」


 パラディソは無言で刃を掴む。

 今度は、さっきより力を込めた。だが、折れない。更に、振る。空気を裂く音が、先ほどより鋭く響いた。近くにあった革切れを、試しに一閃。


 すぱり、と落ちる。

 切り口は、驚くほど綺麗だった。


「これにする」

「全部で金貨七十枚だ」


 店主は安堵したように息を吐き、そう告げる。

 パラディソは、顔を上げた。そして、にたりと笑う。


「……値引くまで、お前のケツの穴追いかけるぞ」

「――ヒィ!!」

 ドスの効いた低音に、店主は喉を鳴らす。


「ご、五十枚!! 金貨五十枚でいい!!」

「ほらよ。あんがとな」


 麻袋から金貨を掴み出し、無造作に放る。

 軽装。短剣。金は、最低限。


 パラディソは短剣を腰に差し、踵を返す。

 殴る準備は、整った。

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