事件編:後編

 頭を抱えて、センリさんは考え込む。僕は冷めたコーヒーを飲み干した。

「……ところで柊。これ、タイムリミットとかあんのか?」

「今日の2時くらいに会う約束してまして」

 センリさんは腕時計をチラリと見た。

「じゃあ後1時間10分だ。こりゃ大変だぞ、本当に……ところで、記念日制定の基準ってなんだ?」

「基準……まぁ、何かあった日を記念日にはしてますかね」

 苺狩りとか、映画館で一緒の映画を見たとか、一緒に観覧車に乗ったとか。そういうのを、記念日にしている。

 だけど、6月21日? 本当に、特に何かあった覚えがない。どうしようか……

「ところでさ、2人っていつごろから付き合ってる訳? 柊」

「え、えーっと……小学5年くらいからちょっと意識し始めて、中1で付き合いましたね」

「で、今あんたは高2だろ? 結構長続きじゃねぇか、おめでたいことに」

「えぇ。まぁ」

 そう言われると、ちょっと恥ずかしくなってしまう。いや、別にそんな……うん。

「……あー、いいなー」

 すると、センリさんは周囲を見回す。店内に人がいないことを確認する。まずい、こうなると……!

「どうせ、つゆだくしるだくのくんずほぐれつしてんだろうなぁ、お前ら」

「ちょ、ちょっと……センリさんっ」

「おや、恥ずかしがるってことは図星かなぁ、柊君」

 こうなるとセンリさんはろくな事を言わなくなる。暴走形態である。

「あーあ、どうせそのまま色々R-18なことやって、最終的に結婚するんだろうなぁ」

 けっこ……そう言われた瞬間、ちょっと顔が赤くなってしまう。すると、センリさんは目を見開いた。

「え、お前、ガチで結婚のこと考えてんの?」

「……はい」

「……マジか」

 そのまま、しばらく気まずい時間が流れた。その沈黙は、僕自身が破る。

「も、もうっ! 早く記念日のことを考えましょう、センリさん!」

「ま、まぁそうだな……」

 僕はふと、センリさんの肩越しに外の景色を見る。いつの間にか、雨が降り出していた。

「中々、梅雨明けしませんね……センリさん」

「まぁ、そうだな……あ、ちょっと思いついた」

「え、なんですか?」

「大穴で、恋人自身の誕生日!」

 僕は即座に首を横に振った。

「あの子の誕生日は5月です。全然違います」

「な、なるほどな……」

 センリさんはまた頭を抱えだす。そのポーズのままメロンソーダを軽く飲んだ。

「どーすっかなぁ……特になんも思いつかないぞ、本当に……そういえば」

「うん?」

「昨日誕生日だったんだよな? なんかパーティーとかやったのか?」

「えぇ、やりましたよ。恋人と、2人だけでファミレスで、軽くパーティーみたいな。毎年恒例なんです」

 その話を聞くと、センリさんはうんうん首を縦に振った。

「なるほど。夕食を取った後は夜の大運動会か」

「からかうのもいい加減にしてください」

「へーい、へい」

 そう言うと、センリさんはこっちに目を合わせて来た。

「ところで、本当にこれまでの今日……6月21日になにか起きた記憶はないのか?」

「えぇ。ない……ですね」

 センリさんは首をかしげる。僕自身も、結構不思議に思っている。

「そうかぁ……なんかちょっとでもないのか? 例えば、相合傘とか」

「それくらいいつもしてます」

「へぇ、いつも相合傘を……おい待て唐突に惚気るなバカァ!?」

 分かりやすくイラつくセンリさんは、言い方は悪いが見てて面白い。すると、センリさんはスマホを取りだす。

「どうしたんですか? センリさん」

「いや、今月に何かイベントがないか調べてるんだよ……なんかあったら、ヒントになるかもしれない」

「なるほど。確かにそうですね」

 センリさんはまたしても頬杖を突き、どうにか考えようとしていた。その間に、僕は追加で何か頼もうとする。

 そろそろ喉が渇いた。今度は冷たい物を頼んでみよう……と、した時だった。

「……なぁ柊。本当にこれまでの6月21日に、何もなかったと言えるか?」

「え? まぁ……言えます、けど」

 自分で言うのもあれだが、センリさんの言う通り、僕は結構記憶力が良い方だと思う。

 だから……あの子に関わることがあったら、さすがに何か、覚えている気がする。

「……なるほどな。多少だが、一応仮説が思い浮かんだ」

「へぇ、仮説が……えぇっ!?」

 え、思いついたの? 今ので? 一体何があるって言うんだよ。僕は疑問に満ちた目で、センリさんを見る。

 すると、センリさんはどこかまどろむような目つきでこっちを見て来た。

「ただ、ひとつ言っておかなければいけないことがある。あくまで、これは仮説だ。真実である可能性はちょっと低い」

「そ、そうなんですか……」

「だけど、柊がどうしても、と言うなら教えてあげよう。失敗した場合の責任は、俺は取らない」

 責任か。その力強い2文字に、僕の心はちょっと騒がしくなる。だけど、僕は心に決めた。

「……教えて下さい。その仮説とやらを」

 僕の物忘れで、あの子を悲しませたり、拗ねさせたりするのはかっこ悪い。

 他人の力を借りてでも、そこは踏ん張るべきだ……それが、僕の価値観だった。

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