誰かがいない世界で

タンチョウ

誰かがいない世界で

「え……!? しおりが交通事故に!?」


 それは突然の知らせだった。幼馴染の彼女が交通事故に遭った。俺は病院へ急いだ。  医者から状況を聞かされる。


「申し訳ありません。病院についたころにはすでに手遅れでした……」


 目の前が真っ暗になる。目の前にいる栞は顔に布をかぶせられていた。昨日までの栞を思い出す。


『ねえ。ちゃんと髪整えないとダメだよ!』


『今度一緒にこの映画見に行こうよ!』


『ありがとう。ふふっ、大好きだよ。維人ゆいと


 なんで、なんで死んでしまったんだ……。


 それから俺は無気力で、何もする気が起きなくなっていた。葬式の日、まだ俺は彼女が死んだことを受け入れられなかった。彼女が火葬場で焼かれた。骨を拾うときも、どこからか声をかけられるんじゃないだろうかという気がしていた。


 一か月後、俺はようやく事実を受け入れた。学校に行き、帰って寝ているだけの毎日。いっそのこと死んでしまいたかった。そうしたら栞に会える気がして。


 ある日、親から来客が来たと伝えられた。親戚のおじさんだった。


「なんだよ。帰ってくれよ……!」


「お前に聞きたいことがある。死んだ彼女に会いたいか」


 おじさんの言葉に、俺は叫んだ。


「会いたいさ! でも彼女は死んだんだよ! もう会うことなんてできないんだよ! もう帰ってくれよ……」


「方法があるとしたらどうだ」


 おじさんは何を言ってるんだ? 俺はおじさんのことを思い返す。おじさんは発明を趣味にしていた。


『おじさん、これは?』


『これはゴミをエネルギーに変える装置だな』


『すごいじゃん! お金持ちになれるよ!』


『世の中にはこれがあることで不幸になる人やおじさんを恨む人が出るからね。おじさんはお金も欲しくないし、有名にもなりたくないんだ』


『じゃあ, おじさんは何が欲しいの?』


『そうだな、何が欲しいんだろうなぁ……』


 そう言っていたおじさんの目は、どこか遠いところを見ていた。


「……本当に、彼女に会えるの?」


「ああ、本当だ」


「会いたいよ、今すぐ彼女に会わせてくれ!」


 俺はおじさんの家に連れていかれた。目の前には椅子と、それを取り囲む丸いドーム状の壁。


「これはな、タイムマシンだ。これを使って彼女を救え。使えるのは一度きりだ」


「本当に、栞のいたころに戻れるの?」


「ああ、本当だ」


「じゃあ、今すぐ使わせて!」


 俺は椅子に座る。


「当日ではなく、一日前に戻す。お前は彼女が交通事故に遭わないようにしろ」


「わかった、絶対に助ける」


 タイムマシンが起動していく。辺りが光に包まれる。


「……幸せになれよ。維人」


 それが、おじさんと別れる時の最後の言葉だった。


 ◇


 眼を開けると、そこは変わらない風景だった。俺は椅子から立ち上がると、おじさんの家のテレビを探し、電源を付けた。うん、あの日の前になっているな。


 仕組みはよくわからないが、戻ることができないなら、その時の俺の存在はどうなっているんだろう。あと、おじさんの姿が見えない。当日は出かけていたのだろうか。


 俺は栞に会いに行く。あいつの家に。チャイムを鳴らす。息が詰まる。本当にあいつはいるのだろうか。


「あ。どうしたの維人? 今日は部活だったじゃない」


 扉が開いた。そこには、生きて動いている栞がいた。


「そんなことはどうだっていいんだ!」


 俺は栞を抱きしめた。


「き、急にどうしたの!?」


「ごめん、でも生きていてくれてありがとう」


「何言ってるの? 私は生きてるよ?」


「あのさ、俺、ずっとお前といたい」


「急にどうしたの、本当」


 良かった。これで彼女は救われるんだ。俺は栞に「一緒に居たい」と言って次の日の状況を変えた。これで事故は起こらないはず。  実際、その日はあっけないほどすぐに過ぎていった。彼女は死の運命を乗り越えたんだ。


 ◇


 俺たちはそのまま交際を続け、結婚した。本当に幸せだった。おじさんに感謝を伝えたかったが、おじさんはあの日から一度も家に戻っていない。


 俺は機械工学の道に進んでおじさんの残したタイムマシンを解析することにした。解析は全然進まなかった。


「あなた、今日も遅くまで大変ね。仕事じゃないんだから少しは休んだらどう?」


「ありがとう。もう五年もたつけど全く足がかりもつかめないんだ、まったくおじさんは天才だよ」


それでも、一生かかっても解析して見せる。


 十年経った。俺と栞には子供を授かっていた。元気な子だ。女の子だったので、希望を込めて未来みきと名付けた。俺はタイムマシンの解析をまだ続けていた。


「ようやくプログラムの解析ができるようになったな、これでタイムマシンの仕組みがわかる」


 そして、その事実に気づいたとき、俺の手は震え、汗が止まらなくなった。


 そこには残酷な事実が存在していた。ゲームで例えれば簡単だろう。セーブとロードだ。戻りたいポイントのデータを読み込んで、世界を再構築する。過去には戻っていなかった。俺以外の世界の全てを破壊して再構築したということだ。間違いはないか何度も調べた。事実は変わらなかった。


 俺は世界の全てが怖くなった。俺を見る視線が何かを言いたいように見える。『お前のせいで生まれた俺は何なんだ』と。俺は人と目を合わせられなくなってしまった。


 一番目に見えて変わってしまったのは、彼女への態度だろう。


「あなた、最近私への態度が変じゃない? 毎日毎日『幸せか?』って聞いてきて」


 今の俺には、タイムマシンを使う目的だった彼女を幸せにすることでしか贖罪ができない。目の前の彼女は再現した人形なんだ、元の彼女は死んだまま、お前は別人と付き合ってるだけなんだよ。俺はもう、いっそのこと狂ってしまいたかった。いや、もう狂っているのか?


「なあ、幸せか?」


 聞いてはいけないのに、また聞いてしまう。


「……そうね、幸せじゃない」


彼女はため息をつきながら答えた。


「ど、どうすればいい。なんでもしてやるから!」


「あなた、おかしいのよ。私はあなたが幸せじゃないと幸せになれないの」


「そ、それは……」


「どうしたの、悩みがあるなら伝えて。夫婦なんだから悩み事はお互い相談するものでしょ?」


「俺は、お前を幸せにしなければならない理由がある。言ってしまったら、俺はお前を地獄に突き落とすことになる」


彼女は微笑んで、諭すように俺に言った。


「あなたと一緒に地獄を歩けるならそれも幸せです。だから教えて」


俺は本当に悩んだ。これを伝えれば彼女はどう思うだろう。自分のために世界が滅んだなんて理解できない話だ。笑い飛ばされるなら逆に気が楽になるかもしれない。


「……わかった。後悔しないでくれ」


 俺はすべてを話した。


「タイムマシンで私を助けたけど、世界は滅んで再構築された世界ねぇ……。普通であればばかげた話なんでしょうけど……あなたの今の様子もあるし、あなたが言うことだから、信じます」


 栞は静かに言った。


「でもね、私は過去の私じゃないかもしれない。だけどね、私はあなたに愛されて幸せだったの! あなたにも幸せになってほしい」


「わからない、どうしたら幸せになればいいかわからないんだ」


「大丈夫、ずっと私が傍にいる。さっきも言ったけどあなたの幸せが私の幸せでもあるの」


「君が俺の都合の良い様に作られた存在じゃないかってのが怖いんだよ」


「もし私が別人だったとしてもね? 別人の私を愛して欲しいの。今の私を愛して欲しいの。あなたを愛している、だから私を愛して幸せになって」


「全部忘れましょ。全て夢だったと思えばいいのよ」


 それは彼女自身にも言い聞かせている気がした。栞は俺を抱きしめた。暖かかった。かすかに震えが伝わってくる。それが怖かった。


 ◇


 俺は狂ったようにタイムマシンの解析を続けた。改良によって再度過去に戻り、全てを元通りにしたかったのだ。でも、天才のおじさんを超えられるものは作れるのだろうか……。


 解析は九割がた終わった。だが解析をしていったところで気づいてしまう。世界を再構築するエネルギーが足りないんじゃないか?  おじさんの発明品は恐ろしいほどにエネルギー変換効率が良い。このタイムマシンだって現世界の99.9999……99%の変換効率だ。だけど100%じゃない、何かが失われるはずだ。


 俺は気づいた。一向に現れないおじさんは、足りない燃料分だったんじゃないか。つじつまが合ってしまう。俺のために犠牲になった。でも、なんでそこまでして。


 俺はおじさんの過去を調べた。おじさんは過去に病気で早逝した妻がいたらしい。治療方法が判明したのはその数年後だった。タイムマシンはおじさんが妻を助けたくて作ったんじゃないか? でも世界再編や他人を燃料にする覚悟は無くて、断念したのかもしれない。もう未練はなかったのか、俺のために燃料になったのは。


 俺は最後のブラックボックスを開けることに成功した。


 このマシンは再生前に魂の回収を行い、魂を核に生命を再製する。 彼女は極めて本人に近い別人なのかもしれない。記憶は記録によって復元されたものだから。でも、俺にはこれだけで十分だった。魂だけでも救えたのだろう。彼女は以前の自分を記憶で知っている。だからと言って今の自分がどう違うかなんてわからないわ。と言っていた。でも救う前の彼女とは違う点がある。彼女からは救う前にやり取りした記憶はない。俺が変えたからだ。あの映画を見る約束はなくなってしまった。


 ◇


 俺はおじさんの妻の墓におじさんの名前を入れてあげた。妻の栞と一緒に墓参りをする。


「ありがとうございます。あなたのおかげで妻を救うことができました」

栞は静かに頭を下げて続けた。

「私も……あなたのおかげで、今幸せです。本当にありがとうございます。」


俺は栞に言った。


「この後未来を連れて映画でも見に行くか?昔見たかった映画がリメイクされたんだ」


「あなたからそういうのに誘うのって珍しいわね。いいわ、行きましょう」


俺は栞の手を引いておじさんの墓から立ち去った。


 きっとおじさんは、おじさんの妻と再会できているだろう。俺はこの世界で彼女を幸せにする、約束だ。  おじさんも、幸せになれますように。

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