第5話 入学式とエトセトラ①
円形に造られたモダンな講堂。吹奏楽の演奏に迎えられA組から順に中へ。
新入生に向け、温かい拍手が送られる。
こうして、静麗学園高校の入学式がスタートした。
歓迎ムードの入場とは打って変わって、式は淡々と進んでいく。
校長先生の挨拶に、来賓の祝辞。
続く在校生代表の歓迎の言葉。
壇上の陰に見覚えのある顔がちらほら。生徒会の先輩だろう。
新入生代表の宣誓が終わる頃には、結真の集中力もだいぶ切れかけていた。
「はぁ……長かった」
講堂を出たあとは、もうげんなり。
大きな伸びをする。
ふと前を向けば兎萌がおり、悪戯を思いついた結真は悪い笑みを浮かべる。
「うーさーぎーちゃんッ!」
そろりそろりと音もなく近づき、後ろから勢いよく抱きついた結真。
「ひゃあッ!」と可愛い悲鳴をあげ、兎萌は飛び上がった。
「びっくりした?」
頬擦りしながらたずねると、兎萌が頬を膨らませる。
「もう、びっくりしたよぉ!」
「ごめんね」と言って、結真は彼女の肩にそっと顎をのせた。
「どうしたの?」
「撫でてー」
「もう、仕方ないなぁ。よしよし」
「ふぁ……...」
「結真ちゃん、なんだか猫みたい」
顎を右手の人差し指の腹で撫でられ、「にゃあ〜」と冗談っぽく、猫の鳴き真似をしてみせる。
一頻り甘えて満足し、今度は璃羅の元へと忍び寄る。
同じように背後から飛びつこうとして失敗。
バレてお説教を食らうことに。
最後には兎萌までもが駆け寄って、ふたりに飛びついてきた。
いつもはあまり見ない彼女の大胆な行動に目を丸くする結真と璃羅。
「こら兎萌まで。なんなのあんたたち」
「いいじゃん。ふたりだけイチャイチャしてずるい」
「イチャイチャって……」
「うさぎちゃんとも、イチャイチャするー」
「もう……」
「璃羅ちゃんは、嫌っ?」
「私もイチャイチャする……」
「おっ、デレた」
「デレたねぇ」
◇◇◇
3人で肩を並べて教室に戻ってくると、余韻に浸っている暇もなく、担任の豊島先生が教壇に立ち、すぐにLHR《ロングホームルーム》が始まる。
「はい、みんな入学式お疲れ様。これで晴れて正式に我が校の一員となったわけだ────」
そこで一度言葉を区切る。
そして一人一人の顔を見回す。
「────これから1年間、楽しくやろう!」
穏やかに微笑む先生と大きく頷く生徒たち。
先生が一番満足そうにしていて、何だか少し笑えてくる。
「それじゃあ改めて自己紹介ね。名前は豊島麗奈。好きなことは旅行と読書。まぁあとは……興味があったら聞いてください」
「はい、先生〜。何歳ですかー?」
よく通る元気な声音が教室に響く。
彼女が勢いよく手を挙げた瞬間、ホワイトシルバーとミントグリーンのインナーカラーをあしらったロングヘアーが孔雀の羽のように大きく広がる。
「質問ありがとう。年齢は非公開……。なんて言ってもすぐにバレるので言います。25歳です」
「めっちゃ、若ッ!」
「高一の君らに若いって言われてもな。嫌味か」
「違いますよー」
クラスに笑いが起きる。
ひとりが質問すると、緊張がほぐれてみんなが続々と手を挙げ出す。
「好きな食べ物はありますか?」
「パエリアとかスペイン料理が好きかな」
「先生、料理するんですか?」
「一人暮らしだから家事はするよ」
飛び交う質問にサクッと答えてくれる先生。
興味を持ってもらえて、少し口角が上がっている。
生徒たちも先生の回答に、盛り上がっていた。
「それって学校の近く?遠くですか?」
「プライベートなことは答えません」
「ハイ、恋人はいますかー?」
「それも、ノーコメント」
少し踏み込みすぎた質問にも顔色ひとつ変えず、上手くあしらい、躱していく。
「はいストップ。みんなにも自己紹介してもらうからね。先生への質問は一旦終わり」
ここで時間切れ。
結真も手を挙げたが、残念ながら指してはもらえず。
「えー」と言って、残念がるクラス一同。
皆、もっと色々聞きたそうな顔で先生を見ていた。
「最後に先生、君たちが初担任なんだよ。だから色々、言葉を考えたんだけどそうだな……」
教室を見渡して、先生は背筋を正す。
つられて引かれた椅子の足が、教室のあちこちで音を立てる。
「君たちの行動にいちいち口を出したりはしません。自分で考え、分別を持って行動できると信じています。失敗しても構わない。またやり直せばいい。それでも、自分だけではどうしようもないときは相談してほしい。そのための大人だから。程よい距離感でやっていこう。以上」
そんな言葉で先生は締め括った。
────先生の寄せる信頼と期待。
1-D の生徒たちはすっかり豊島麗奈先生の虜になっていた。
(今、先生と目が合ったよね?)
そんな気がしたので、小さく手を振ってみる。 だけど見ていてくれたかは分からない。
先生はもう次に移っていたからだ。
「名前と何か一言。窓側の席から順番にね」
切り替えるように先生は手を叩くと、教卓の脇の丸椅子に腰を下ろした。
自己紹介を眺める姿は早くも教室に馴染んでいるように見える。
「じゃあ最初の子は、立って自己紹介」
ガタンと椅子を引く音。
最初の生徒が慌てた様子で立ち上がり、自己紹介し出す。
名前と何か一言。それだけなのに、中々奥深い。
無難にすませる人。
上手く場を沸かす人。
目立とうとしてスベる者と、それぞれの個性が出ていた。
晴信の番になると、女の子たちから小さく黄色い悲鳴があがる。
「白金晴信。陸上をやってます。って言っても知ってる顔のほうが多いと思うけど」
「有名人ヅラか?」
「自慢か?」と、男子たちから野次が飛ぶ。
「野次ったヤツ顔、覚えたからな!」
晴信が叫ぶと、どっと笑いに溢れた。
「みんなよろしく」と言って、席についた。
晴信が人気なのは、今に始まったことじゃない。
よく一緒にいる結真を快く思わない女子に絡まれたこともある。
思い出すと何だか、腹が立つ。
あとで八つ当たりだ。
「はい、白金君ありがとう。一旦、落ち着いて。次の人が自己紹介始められないから」
空気が緩んで、おしゃべりが多くなったところで、先生が場を鎮めた。そして皆をもう一度、聞く体勢にさせる。
「じゃあ白金君の次の人」と言って、先生が促すと、すぐ後ろの席の旭が気怠げに立つ。
「どうも、瀬戸旭です。中学では空手部でした。でも飽きたんで、高等部では別のことをします。あと犬派です。よろしく」
何ともマイペース。
旭らしい自己紹介。
何人かの女の子が小声で、「カッコいい」などと囁いている。
聞き耳を立てていた結真は苦笑い。
爽やか系とクール系に見えなくもない。
どうせすぐにメッキが剥がれ落ちるだろうが。
「はじめまして!。
先生に一番に質問していた女の子だ。
中等部にこんな子がいたらもっと目立つはずだから高校から入学してきた子なのだろう。
(さっき、緊張してる子に声かけてあげてたんだよねぇ。めっちゃ好感度上がる)
華やかな雰囲気と周りを気遣う人柄。
見た目の派手さも相まって、彼女から目が離せない。
まるで駆け抜ける稲妻のよう────
この出会いはきっと、代わり映えのしない世界を撃ち抜く霹靂だ。
結真は柔心と友達になることを決めた。
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