第8話 三国会議

 三国会議。


それは、人類が魔族の脅威に立ち向かうため、この大陸を統治する三つの国――オーレリア王国、アーク公国、そしてエウリアヴァイス帝国が足並みを揃えて対策を練るための場だ。



 出席を許されるのは、各国の命運を左右する重鎮たちのみ。ふた月に一度、定例として開催されるこの会議は、三つの国が順番に会場を持ち回ることになっている。



 今回、その重要な議論の舞台となったのは、オーレリア王国だった。会場となる城の広間には、重々しい空気が満ち満ちている。



「では、現在の状況を説明します」



 壁に掲げられた大きな図面を指し示しながら、四十代ほどの、がっしりとした体格の男性が口を開いた。



「まず、今回初めて参加される方もおられると思いますので、自己紹介を。私は王国冒険者ギルドのギルド長を務めております、パトックと申します。以後、お見知りおきください」



 パトックは丁寧な一礼を挟むと、すぐに真剣な表情に戻って言葉を続けた。



「現在の人類軍と魔族軍の戦況ですが、前回までの報告に比べ、人類軍がわずかに前線を押し上げています。各戦線での勝利が続いており、この勢いを維持できれば、近いうちに魔族領への本格的な侵攻も視野に入れられるかと」



パトックは手元の資料を一度確認し、各国の重鎮たちを見据えてそう告げた。



「ふむ。……ご苦労だった」



 気品あふれる、威厳をまとった妙齢の男性オーレリア王国の国王が、パトックに短く労いの言葉をかける。



「次に、具体的な今回の戦果を報告します。我が王国所属の勇者エリカ殿が、魔王軍第二軍団長ハンナを退けました。完全に仕留めるまでには至らなかったようですが、右腕を切り落とすという多大な痛手を与えています。これにより、魔族軍の戦力は大幅に弱体化したと言えるでしょう」



 その報告を聞き、会場にいた者たちの間に「おお……」と静かなどよめきが走った。



「ふむ……。さすがは勇者と言うべきですな。我が帝国にとっても、それは喜ばしい知らせだ」



 エウリアヴァイス帝国の重鎮と思われる男性、帝国軍務大臣が、ひげをなでながら感心したように声を漏らす。



「うむ。さすがは我が王国の勇者じゃな。よくやってくれた」



 それを受け、オーレリア王国の国王――オーレリア十世が、誇らしげに深く頷いた。



 パトックは表情を曇らせ、地図の北側に指を置いた。



「……しかし、一部の前線では、魔族側に押し戻されている箇所も見られます。地図上で言うところのこちら、北側の湿地帯です。魔族――ケルピーの猛攻に遭い、苦戦を強いられています」



「むむ? ケルピーだと? ケルピーなど、我が大公国が誇る『鉄』の武器を浴びせれば造作もないはずだろう」



 アーク公国の首席執政官が、不機嫌そうに鼻を鳴らして言った。鉄の扱いに長けた国としての自負があるのだろう。



「はい。本来ならそのはずなのですが……。鉄の矢を始めとする鉄製兵器を用いても、奴らはまったく動じる様子がないのです。そのままケルピー特有の強力な水魔法を放たれ、並の兵士では相手にならなくなっています」



「馬鹿な……。ケルピーに鉄が効かぬだと? そんなこと、これまでの歴史で一度たりとも聞いたことがないぞ」



 エウリアヴァイス帝国の軍務大臣も、信じられないといった様子で議論に加わる。会議場にざわめきが広がった。



「はい、理由はまだ不明です。ケルピーが自力で弱点を克服したのか……あるいは、魔族側に知恵を付けた『何者か』が現れたのかもしれません」



 パトックは重々しくそう語り、各国の重鎮たちを見渡した。




 パトックはさらに言葉を重ねた。



「ケルピーは人を喰らう魔族です。被害が拡大する前に、早急に何らかの手を打つべきかと思われます」



「ふむ。……ならば、そちらの自慢の勇者殿を向かわせれば良いのではないか?」



 エウリアヴァイス帝国の軍務大臣が、他人事のように鼻を鳴らした。



「あのハンナを退けたのだ。ケルピーの十数匹、勇者殿なら楽勝であろう」



「ははは。帝国の軍務大臣閣下も、冗談が過ぎますな」



 王国の宰相が、張り付いたような笑顔で即座に割って入った。



「勇者とて人の子ですぞ。今回の戦いで最大の功績を挙げた彼女には、今は休息を与えるべきです。……それに、帝国にも『人類の希望』と名高い聖女殿がおられるではありませんか。彼女を前線へ派遣されてはいかがです?」



「ふん。聖女が帝国の中枢におわすからこそ、兵たちが動くのだ。彼女という希望があるからこそ、兵は死力を尽くせる。前線に出すなど、もってのほかよ!」



 帝国の軍務大臣が、机を叩かんばかりの勢いで身を乗り出した。



「そもそも、我が帝国が三国の中で最も多くの兵を出していることを忘れたのか? これ以上の負担を強いるというのなら、話は別だぞ」



 険悪な空気が部屋を満たす中、パトックは内心で深いため息をついた。


魔族を前に人類同士でいがみ合っている場合ではない。だが、各国の本音も痛いほど分かる。魔族との戦争が終われば、次は人類同士での領土争いが待っているのだ。どの国も、戦後の主導権を握るために自国の戦力だけは温存したい。



 このままでは議論が進まないと判断したパトックは、沈黙を守っていた大公国側に話題を振った。



「アーク大公国では、何かケルピー対策として良さそうな案はありますか?」



 問いかけられたアーク大公国の首席執政官は、どこか他人事のように肩をすくめて答える。


「そうですな。鉄が効かないケルピーなど聞いたこともありません。今は、魔銀や鋼鉄など、手当たり次第に他の武器を試して地道に弱点を探るしかないのでは?」



「ふむ……。随分と気長な話だな」



帝国の軍務大臣が、鼻で笑いながら口を挟んだ。



「一番兵を出しておらず、人的被害もほとんど出ていない大公国様は、言うことが違いますな。前線で血を流している兵士たちに、実験でもしてろと言うのか?」



「それは聞き捨てなりませんな。我が大公国は、そのぶん三国のなかで最大の財力を投入している。軍事物資の大部分は大公国が提供していることをお忘れか? それに、戦場への販路も商隊も、すべてこちらで融通しているのだ。我らが手を引けば、明日には兵たちの食料も尽きることになりますぞ」



 大公国の首席執政官が、冷ややかな視線で帝国の軍務大臣を射抜く。互いの足の引っ張り合いが続き、会議は一向に進む気配を見せない。



「……ふむ。分かった、そこまでにしよう」



 見かねた王国の国王、オーレリア十世が重々しく割って入った。



「しばしの休息を与えた後、勇者エリカを北方のケルピー対策へと派遣しよう。それまでは苦しいだろうが、各軍、何とか防戦で現状を維持するよう徹底させてくれ」



 国王の妥協とも言える提案に、会場の空気がわずかに緩んだ。



「さすがは国王陛下。英断に感謝いたしますぞ」


公国主席執政官が、自分の懐が痛まないことに満足したように、深く椅子に背を預けた。


後ろの席に座るアーク大公は、ただ静かに腕を組み、満足げに頷く。



「ふん。最初からそうしていれば、無駄な時間を使わずに済んだものを」


帝国の軍務大臣が傲慢に言い捨てた。


その横で皇帝は、無言で冷たい視線を会場に投げかけているだけだった。



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