第6話 ケルピーさん

「今日もいいお天気だし、どんなお客さんが来るのかなー」



 私はウキウキ気分で、カウンターの椅子に座っていた。 紅茶を一口飲んで、はぁ、と幸せな気分に浸る。



 すると、すうっと扉が開いて、誰かが入ってきた。



「いらっしゃいませー」



 顔を上げてお迎えした私の目に飛び込んできたのは……。



 馬のような頭と姿をしているのに、背中に立派なヒレがついた……お馬さん!? しかも、よく見ると背中にはゆらゆら揺れる海藻や、キラキラした貝殻がたくさんくっついているんだけど??



(……えっと、海から走ってきちゃったのかな?)



 でも、私はプロの商売人だもん。これくらいで驚いた顔なんて見せないよ。



「おや……。なんとも美味しそうなお嬢ちゃんだ。こんにちは」



 ……え? 美味しそう? 私、食べられちゃうの!?



「こ、こんにちは……っ」



 ダメだ、思いっきり顔に出てたー!



「ワシはケルピーのミシュテじゃ。よろしく頼むよ、とっても美味そうなお嬢ちゃん」



 馬の姿をしたミシュテさんは、年季の入った落ち着いた声で挨拶をしてくれた。けれど、その内容はちっとも落ち着けるものじゃない。



「わ、私はここの店主のニーナです! よろしくお願いします……! あと、私は食べるところもあんまりないですし、背も低いですし、運動も苦手で筋肉も全然ないから、ちっとも美味しくないと思うます!」



 自分でも何を言っているのか分からなかったけれど、とにかく全力で『まずいアピール』をした。


……最後、思いっきり噛んじゃった。



「ありゃ、怖がらせちゃったかい? おかしいね、ワシなりに精一杯褒めたつもりだったんじゃが」



 ……えー?



 ミシュテさんにとっては、『美味しそう』っていうのが『可愛い』とか『素敵』っていう意味なの!? なんだぁ、そういうことだったんだ……。



(…………え、待って?)



 いや、意味がどうあれ、私が美味しそうな獲物に見えている事実に変わりはないのでは!?



「あ、あはは……。そ、そうだったんですね。それは失礼いたしました。……それで、今日は何かご入用でしたか?」



 私は引きつった苦笑いを張りつかせたまま、必死に接客モードへと切り替えた。



「うむ。ニーナさん、実はな、ワシらケルピーは鉄が苦手なのじゃ。あの鉄特有の冷たい感じが特にダメでな。馬具や鎖なんかの鉄製品に触れるだけで魔法を封じられ、まともに動けなくなってしまうんじゃよ。何か良い方法はないもんかのう……?」



 ……えっ、相談事? ミシュテさん、何かを買いに来たんじゃなくて、お悩み相談に来たの?



(……まあ、今は暇だし、お話を聞くくらいならいいかな)



 私はカウンターに身を乗り出して、少し考えてみた。



「うーん。ミシュテさんは、鉄に触れた時の感覚そのものがダメなんですか?」


ミシュテさんは深い溜息をつきながら答える。



「そうじゃな、存在そのものが受け付けんのじゃ。直接肌に触れてさえいなければまだマシなんじゃが……」



「毛皮とか、何か厚手のものを身に着けていてもダメなんですか?」



 私は身を乗り出して質問してみる。



「いや、その上からなら大丈夫なんじゃ。じゃが、毛皮を剥がされたらお終いでな。ワシが鉄を嫌っておることは有名らしくて、いたずらか何かは知らんが、着ておる毛皮を無理やり剥ぎ取ろうとする者がおって困っておるんじゃよ」



「本当に困ったもんじゃ……」


と、ミシュテさんは大きな首を横に振って心底弱り果てている。




「うーん、何かいいものないかなぁ。……売れそうなもの、ううん、無理やり押し付け……じゃなくて、高く買ってもらえそうなもの……うーん……」



 私は棚の奥をゴソゴソと探り、あごに手を当てて考え込む。 ……あ、これならいけるかも!



「ミシュテさん、これなんてどうですか?」



 私が取り出したのは、ふんわりと甘い花の香りが漂う小さな瓶。


その中には、まるで深い海をそのまま閉じ込めたような、透き通った深い青色のオイルが入っている。



「……む? これはなんじゃ? 妙な色をしておるが……」



 ミシュテさんは大きな鼻をひくひくさせて、不思議そうにその青い小瓶を覗き込んできた。



「これはですねー、カモミールの良い香りをぎゅっと詰め込んだ万能オイルなんです。お肌にとっても優しいですし、これをたっぷり厚く塗れば、鉄のあの冷たーい感触も伝わらなくなるんじゃないかなーって! ……あと、ついでに虫も寄ってこなくなりますよ?」



 私はここぞとばかりに、小瓶を掲げてグイグイとアピールしてみた。



「ふむ……。確かに良い香りじゃな。……して、それは試してみることはできるかのう?」



 ミシュテさんは大きな鼻先を小瓶に近づけ、興味深そうに目を細めた。



「もちろんです! わかりましたー、ちょっとだけ待っててくださいね。今、準備しちゃいますから!」



 私はふと考えた。注文した鋼鉄防具でもいいのかな? 鉄と鋼鉄って、同じものなのかな? なんだか鋼鉄のほうが強そうな響きだし、やっぱり別物だよね。



「うーん……。あ、あれならいいかも!」



 名案を思いついた私は、タタタッと調理場のほうへ駆けていき、ずっしりと重たいそれを抱えて戻ってきた。



「はいっ、これフライパン! たぶん鉄でできてると思います!!」



 私は自信満々に、それをミシュテさんの前に差し出した。 だってすごく重いし、きっと鉄。絶対そう!



「ううむ……。なぜフライパンなのか、いろいろと思うところはあるのじゃが……確かにその平たい鉄器からは、凄まじい嫌悪感を感じるのう。間違いなく鉄じゃ」



 ミシュテさんは引き気味にフライパンを見つめた後、視線を青い小瓶へと戻した。



「試しに、そのカモミールオイルを使ってみても構わんかな?」



「はい、もちろんです! 念のため、これでもかってくらい厚めに塗ってくださいね」



 私は「さあどうぞ!」と、深い青色をしたオイルの瓶をミシュテさんに差し出した。



「かたじけない。では、失礼して……」



 ミシュテさん、どうやって塗るんだろう……。 前足……でいいんだよね。器用に瓶を持っているけれど、背中とかは流石に届かないよね、あれ。



 そう思って眺めていたら、ミシュテさんは前足をにょきにょきーっと不自然に伸ばして、自分の背中にオイルを塗りたくり始めた。



「えぇ……。あ、足、伸びるの……?」



 見た目は完全にお馬さんっぽいけれど、やっぱり中身は全然違う生き物なんだなぁ。


 ……正直、ちょっと、いや、かなり気持ち悪いかも。絶対にお口には出せないけど!



 私は引きつりそうになる頬を必死に抑えて、オイルを全身に塗りたくるミシュテさんを、プロの商売人としてニコニコしながら見守り続けた。



「ふむ、これくらいかのう。……ではお嬢ちゃん、悪いがそのフライパンを、少しずつワシの背中に近づけてみてくれるか?」



「はい、わかりました!」



 私はずっしりと重たいフライパンを両手で持ち直し、ミシュテさんの背中へ向けて、ゆっくり、ゆーっくりと近づけていく。



(……あれ? ミシュテさん、微動だにしてない。本当に大丈夫なのかな?)



 あまりの静けさに、私は不安になって声をかけた。



「ミシュテさーん、大丈夫ですかー? どこか痛かったりしませんか?」



「う、うむ。……たぶん大丈夫じゃ。オイルを塗った場所と塗っていない場所の境界線が、なんだかむず痒い感じがするだけじゃよ。……よし、そのまま近づけて、塗った場所にピタッとくっつけてみてくれ」



 私はミシュテさんに言われるがまま、ゆっくりと距離を詰め――ついに、フライパンの鉄の部分をオイルが塗られた背中へと押し当てた。



「えいっ!」



 ぴたっ、とフライパンをくっつける。 鉄特有のひんやりした冷たさが、オイル越しにミシュテさんの肌へ伝わっているのが私にも分かった。



「……うむ? ……うむむ! おおっ!! 大丈夫じゃ、体が重くないぞ! 魔法も、魔法も使えそうじゃ!!」



 ミシュテさんは信じられないといった様子で自分の体を震わせ、それから子供のように声を弾ませて大喜びした。



「おお、ニーナさんありがとう、我がケルピー族の長年の悩みが解決された気がするぞい」



「おお、おおお……! これは素晴らしい、素晴らしいぞぉ!」



 よっぽど嬉しかったのか、ミシュテさんは私の両腕を前足?でがしっと掴むと、そのままぶんぶんと振り回した。今にも二足歩行で踊り出しそうな勢いで、私は宙に浮きそうになる。 ……うん、本当に、本当に鉄が嫌だったんだなぁ。



「お嬢ちゃん! このカモミールオイル、ここにあるだけ全部売ってくれんか!?」



 食い気味に身を乗り出してきたミシュテさんに、私は満面の笑みで即答した。



「はい、よろこんで!!」



 私は商売人の顔で指を立てる。



「こちら、一瓶で銀貨八十枚になります! 今お試しで開けたものも含めて全部で五瓶ありますので、合わせて銀貨四百枚――つまり、金貨四枚になりますね!」



「うむうむ、全部買おう! ほれ、金貨四枚じゃ」



 そう言ったミシュテさんが大きな口を開けたかと思うと、私の手のひらに向かって、口の中から直接ポロポロと金貨を落としてきた。



「――っ!!???」



 う、嘘でしょ!? なんというか、その……ものすごく、汚いなぁ……!!



 今日二回目。商人としての仮面が完璧に崩れ去り、本音が顔に出ちゃった瞬間だった。



「あ、あはは……。あ、ありがとうございます。……はい、こちらがカモミールオイルになりますね」



 私は、手のひらに残る生温かくてちょっと湿った感触に精一杯気づかないふりをしながら、オイルの瓶をミシュテさんに差し出した。



「うむ、ありがとう」



 ミシュテさんは満足げに頷くと、のっそりと私に背中を向けた。 すると、彼の背中が――正確には胴体そのものが、ぐぐぐーっと長く伸び始めた!



「ここに置いてくれ」



 平らな台座のようになった背中を差し出され、私は引きつった笑顔のまま、オイルの瓶を一つずつ並べて置いた。



「さらばじゃ、お嬢ちゃん。また困ったら寄らせてもらうぞ」



 ミシュテさんは長い体を器用にうねらせながら、そのまま悠々とお店の扉を出て行った。



(……ケルピーって、というかミシュテさんって、体のどこでも伸ばせるんだね……)



 さっきの足に続いて、今度は胴体。 見た目はお馬さんだけど、中身はやっぱり全然違う生き物なんだなぁ……と、私は遠ざかっていく不思議に長い背中を、ぼんやりと見送った。

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