第3話 ドライアドさん

 時刻は昼過ぎ。私はいつものように、店のカウンターに座っていた。



 今日のおやつは、焼きたてのアップルパイと温かい紅茶だ。 サクサクのパイに、シャキシャキの甘いリンゴ。……おいしい。とっても幸せな気分。



 パイを頬張ってしあわせに浸っていると、重たげな扉が開く音が聞こえた。お客さんだ。



「いりゃっしゃいまひぇー……もぐもぐ」



 私は口を動かしながら、少し抜けた声で出迎えた。



 扉を抜けて入ってきたのは、どこか神秘的な雰囲気を纏った女性だった。 透き通るような美しい顔立ちに、その身を包むのは衣服ではなく、瑞々しい緑の草木。



「こんにちは、人間さん」



「こんにちはー。私はニーナっていいます、そう呼んでくださいね」



 私はもぐもぐとパイを飲み込み、精一杯の笑顔で接客する。



「ニーナさんね。私はドライアドのフローラよ。よろしくね」



「はい、よろしくお願いします! ニーナ雑貨店へようこそー」



 植物の妖精さん……。細い手足に、おっとりとした優しい声。なんて可愛らしい人なんだろう。


私はカウンター越しに、その可憐な姿にすっかり見惚れてしまった。



「ここは何でも売っているって聞いたけれど、本当かしら?」



 フローラさんは興味深そうに店内を見渡しながら、私に問いかけた。



「あはは、何でもは売ってないですよー。あるのは棚に並んでいるものだけです。……それで、今日は何をお探しですか?」



「実はね、私たちドライアドは太陽の光を浴びなきゃいけないんだけど……やっぱり浴びすぎると、お肌が乾燥しちゃうのよね。だから、保湿クリームのようなものがあれば欲しいなと思って」



 フローラさんは、しなやかな枝のような指先で自分の頬に触れながら、困ったように微笑んだ。



「ああ、わかります、わかります。太陽ってぽかぽかして気持ちいいですけど、私も日焼け止めとか欠かせないですもん」



「本当そうよね! 私たちにとって、お肌は一番大事なものですものね」



 フローラさんは、わかってくれる人がいて嬉しいといった様子で何度も頷く。


肌……といっても、見た目は綺麗な樹皮のように見えるけれど。触ってみたら、実はすべすべのもちもちだったりするのかな?



 一度触ってみたいなー。そんな好奇心を抱きつつも、私はプロの店主の顔を作った。



「それなら、これなんてどうですか? フローラさんにぴったりですよ」



 私が棚から取り出したのは、瓶の中でゆらゆらと輝く、一本の黄金色の保湿美容液だった。



 お試し用のボトルから美容液を数滴、フローラさんの手の甲に落としてあげる。



「まずは手に馴染ませてみてください。すごいですよー、これ」



「あら……。香りもとってもいいわね。それに、塗ったそばからしっとりして、肌がすべすべになっていくわ……」



 フローラさんは目を輝かせ、自分の手をうっとりと眺めている。うん、これは買ってくれそうな予感!



「これはですねー、エンペラービーさんからお裾分けしてもらった『皇帝蜜』と、ウンディーネさんからもらった『純粋魔力水』を混ぜて作った、特製の保湿美容液なんです。お肌に優しいのはもちろん、ほのかな香りが長く続くのもポイントで、私のイチオシなんですよ!」



 私はこれでもかと商品の魅力をアピールする。 せっかくの商機だもの。商売人は、ここぞという時には全力で押すのが鉄則なのだ。



「へぇー、いいわね。ぜひ欲しいわ」



 フローラさんは、身に纏った葉っぱをわさわさと嬉しそうに揺らした。



「気に入っていただけて良かったです。……ただ、これちょっとお高いんですけど、大丈夫ですか? 一瓶で金貨三枚になります」



「もちろんいいわ。それだけの価値があるもの」



 フローラさんは迷うことなく即答した。 やっぱり、綺麗になるためなら金に糸目はつけないっていうのは、種族を問わず共通の真理なんだなあ。



 フローラさんも、見た目は木だけど中身はしっかり女の子なんだよね。もしかして、森の中に好きな人もしくは木?でもいたりするのかな?



 そんな、わりとどうでもいいことを考えながら、私は彼女の反応を眺めていた。



「では、金貨三枚ちょうだいしますね。このマモンちゃんに入れてください」



 私はそう言って、相棒のがま口を差し出した。


フローラさんはどこから金貨を出すんだろう。やっぱりその身に纏っている草木の間から、バラバラっと直接出てくるのかな?……なんて、私は失礼ながらワクワクしながら見守っていた。



 すると、フローラさんは生い茂る草木の中に枝のような手を突っ込むと、冒険者がよく持っているような、使い込まれた「巾着袋」を取り出した。



 彼女はそこから丁寧に、一枚、また一枚と金貨を取り出し、マモンちゃんの口へと三枚入れてくれた。



 ……普通だ!



 いや、ドライアドが巾着袋を愛用していること自体、普通じゃないのかもしれないけれど。 もっとこう、神秘的な支払い方を期待してしまっていた私は、彼女が持っているその巾着袋を、ついまじまじと見つめてしまった。



 すると、私の視線に気づいたのか、フローラさんが小首をかしげた。



「ん? この袋が気になるのかしら?」



「あ、いえ……」



「これはね、少し前に森で道に迷っていた冒険者さんにもらったのよ。道案内のお礼だって。次に会えたら返そうと思っているのに、なかなか会えなくてね」



 そう語るフローラさんは、まるでどこか遠くを懐かしむような、優しい目だった。



(……なるほど。美容液を買ったのも、その冒険者さんに関係しているのかな?)



 私はそんな彼女の様子を見て、微笑みながら答えた。



「ふふ、会えるといいですね」



「そうね。一体、彼は今ごろどこにいるのかしらね」



「ちょっと前って、どれくらい前のことなんですか?」



 もしかしたら心当たりがあるかもしれない。そう思って、私は何気なく尋ねてみた。



「んーっと、そうね。この辺りが騒がしくなる前かしら」



 フローラさんが事もなげに答える。 騒がしくなる前?


 それって……もしかして、人間と魔族が大きな戦争を始める前ってことなのかな。


 それだともう、何十年も、下手をすれば百年以上も昔のような気がするけれど。



(……多分、その人はもう……)



 その先は考えないようにして、私はできるだけ明るい声で言葉を返した。



「そうですか。……きっと、会えるといいですね」



「ええ、そうね」



 フローラさんはどこまでも穏やかに、愛おしそうに頷いた。



「良い買い物ができたわ。また来るわね」



 フローラさんは満足げに微笑むと、軽やかな足取りで扉の向こうへと去っていった。



「ありがとうございましたー!」



 私はパタンと扉を閉めて、カウンターに戻った。 ……さて、冷めないうちに紅茶を飲んで一息つこう。



 そう思い直した私は、再びアップルパイの残りと温かいカップを手に取った。店内は、またいつもの、のんびりとした静寂に包まれていく。



「人間とドライアドじゃ、こんなにも時間が違うんだなぁ……。でも、フローラさんが綺麗でいてくれるなら、きっと喜んでくれるよね」



 今日も平和で、ちょっとだけお金が入って、嬉しい一日だった。



 また明日も、どんなお客さんが来てくれるかな。

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