第6話 少しずつ歩み始める僕
新学期が始まり僕は高校2年生。
実結は小学6年生になった。
僕は心理学を学べる大学を受けること前提で塾に入り無理をしない範囲で勉強をしている。
カウンセラーや心理士など心のケアに関係する仕事に就けることを前提に祭子さんの本棚にある精神医学の本などを読み漁る日々だ。
実結は学校で友達が出来て新しい担任の先生とも上手くやっているそうだ。
「ゆっくんあのねえ」
「何?」
「車椅子のお友達ができたの」
「車椅子?」
「うん。あとね、耳が聞こえないお友達もいて毎朝、今日は元気?やみゅうはおはようやありがとうとさよならの手話も覚えたよ」
支援学級ならではの人間関係の話を聞くのは新鮮だった。
実結にはASDの特性があり時にぶつかったり感情が爆発するときもあるけど困難を抱えながらでも人は生きていける現実は少しだけ優しい。
何より実結本人の性格の根っこに優しさがあるから大丈夫なんだろうと思う。
最近の実結は賢治さんに家事を教えてもらいながら自分のことは自分でほぼできるようになった。
自分で髪を洗い体を清潔にして自分で歯を磨き自分で洗濯物を干して畳み、賢治さんに教えてもらいながらおにぎりやサンドイッチなど簡単な料理ができるようになった。
僕は勉強でカロリーを使うようになり毎日のように夜食を食べて体重がかなり増えて主治医から「ダイエットした方がいいよ…」と言われ賢治さんが作ってくれる低糖質のメニューを食べ夜食を控えたりとダイエットに目覚めた女子高生のような生活を送っている。
要するに平和だ。ありがたい平和だ。
実結は心が安定するようになったし僕も頓服薬や眠剤無しでは生活できないけど心が前を向き始めている。
2017年の世界では某国がミサイルを打つニュースで溢れているけど、この家は平和だ。
受験準備で忙しくなる前に夏休みに一度東京に帰ることになった。
実結は「ゆっくんパパによろしくね」と送り出してくれた。
僕が必ず家に帰ることが前提だから安心しているのだろう。
僕は飛行機内で発作が起きないように頓服薬を飲んで東京行きの飛行機に無事に乗れた。
真夏の東京は死ぬほど暑くてお茶を4本も飲んだ。
数年ぶりに実家があるマンションに帰ると部屋は思ったより散らかってなかった。
お父さんがちゃんと生活をしていることに安心した。
舞台に励むお父さんからスマホにLINEが届く。
「今日、丸山くんが家に来るからよろしく」
思いがけない再会に僕は嬉しくなった。
丸山さんは本当に良くしてくれた。丸山さんも演技に関しては厳しかったけど優しい人だから僕も彼を信頼して全力で演技が出来た。
その記憶は今でも宝物だ。
僕は未成年でお酒が買えないから家にある材料で簡単なおつまみを2つ作った。
マッシュしたゆで卵にアボカドにマヨネーズと塩とブラックペッパーで味付けしたアボカドたまごに市販の麻婆茄子の素で味付けをして少なめのひき肉と茄子とピーマンともやしを炒め味が薄いと感じたら醤油など家にある調味料で味を足すといい感じになった。
玄関のチャイムが鳴り出迎えると大量のお酒を携えて2人が帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま。丸山さんお久しぶりです」
「有希人…大きくなったな色んな意味で。ああ美味そうな匂いがする。こりゃ酒が進むぞ」
丸山さんは5年前に離婚して一人暮らしだから家庭の味が食べたいだろうと賢治さんの料理を真似して作った料理を丸山さんは美味い美味いと食べた。
「自分の作った料理ばかり食べてたから人の作る飯が美味い」
「それ、お父さんも言ってましたよ」
「優さん。独り身は自由でもあるけど金を払わないと人の作った料理が食べられない点だけはしんどい」
「なんで離婚したんですか?」
「そりゃあ…俺が悪い。女性が別れる理由を決断するのは大抵野郎が悪い」
「ほお…」
「有希人は好きな人はいないのか?」
「来年から受験なんで恋愛する暇ないですよ」
「受験かあ…懐かしいな。俺も大学に入ったけど役者業が忙しくなって結局、中退です。でも今はありがたいことに舞台監督の仕事もあって人を教え導く立場でもある」
丸山さんはそこまで語って黙り込む。
僕は知らなかったけど3年後の2020年に美希人が丸山さんが舞台監督を務める朗読劇で美希人がオーディションで主役を射止めそのスケジュールが決まっていたのだ。
「有希人…。とにかくご縁を大事にしなさい。そうすれば人の輪の中に入れて有希人の優しさがあったら1人にならずにすむ」
「はい」
「何事もご縁だよ。有希人がどんな道を選んでも俺は応援する。約束する」
「ありがとうございます」
僕が丸山さんに将来は人の心のケアをする仕事がしたいと話すと「素晴らしい」と酔いがまわった丸山さんは何度も嬉しそうに頷いた。
その日は本当に平和な夜だった。
九州に帰る前に僕はお父さんとお母さんの墓参りに行った。
線香の匂いと暑さがまだ痛いのはお母さんの死による傷がまだかさぶたになってないからだろう。
空港に行くまでの車中でお父さんが少しだけお母さんのことを話した。
「有希人」
「うん」
「お父さん。人生で5回ぐらいは大恋愛をしたけどお母さんが最後の恋だと思う」
「急に何?」
「あのとき泣かせてやれなくてごめんな」
「もう気にしてないよ」
「忘れるなよ有希人。お前はお父さんとお母さんの大事な息子だ…。お父さんはお前が幸せに生きてくれることが生き甲斐だよ」
「急に何?」
「お前が幸せそうだから安心した…。賢治さん達によろしくな」
まるでお父さん人生最後のような会話だけどお父さんは未来の今も生きてるから安心してほしい。
僕は「行ってきます」と手を振りその場を後にした。
不思議と帰りの飛行機では頓服薬を飲まなくても平気だった。
僕は幸せだった。
少しずつ自分が幸せになっていくのを許し始めて今に至る。
僕の幸せを祈る人は世界に1人だけじゃない。
何人もいる。
それが今の僕の幸せだ。
さあお土産を携えて家に帰ろう。
そして未来を生きよう。
僕の止まらない歩みは始まったばかりだ。
ー続く。
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