第6話 合否

夕暮れの街は静かだった。

試験の緊張が抜けて、足取りが少し重い。

うまくやれたはずだ。

黒鱗も使っていない。

それでも、不安は消えない。

――もし筆記で落としてたら?

――実技が平均すぎて評価低かったら?

考え出すときりがない。

俺は首を振って、門をくぐった。


屋敷の中から、いつもより賑やかな気配がする。

「……?」

玄関を開けると、聞き慣れた低い声がした。

「おお、ルウス。帰ったか」

その声に、胸が少し軽くなる。

「父さん!」

仕事で郊外に出ていた父さんが、居間に立っていた。

外套を脱ぎながら、相変わらず大きな体で笑っている。

「今日は試験だったそうだな。どうだった?」

「たぶん……問題なく」

正直なところ、それ以上は言えなかった。

父さんは俺の頭をぐっと撫でる。

「それなら十分だ。結果は後からついてくる」

その一言が、不思議と心に沁みた。

母さんもキッチンから顔を出す。

「おかえりなさい。ちょうどお茶を淹れていたところよ」

「おかえりー!」

ハイネも走ってきて、足に抱きついてくる。

この家の空気に包まれると、張り詰めていたものが一気にほどける。

俺は息を吐いて笑った。

試験は終わった。

今はただ、待つだけだ。

この日常に戻ってこられたことが、

何よりもありがたかった。


翌朝。

まだ庭の空気に夜の冷たさが残っている頃だった。

羽ばたきの音が、屋敷の上空で旋回する。

「……来たか」

この音を聞き間違える貴族はいない。

学園書簡カラス。

ディバルダ王国魔法学園からの正式連絡を運ぶ、黒い使者だ。

心臓が、嫌なほどはっきりと跳ねた。

門番が慌てて門を開き、

一羽の大きなカラスが庭へ降り立つ。

脚には金属の筒が括り付けられている。

それを見た瞬間、喉が渇いた。

――合否だ。

良くも悪くも、今日で決まる。

俺はゆっくりと近づき、筒を外した。

カラスは一声鳴くと、そのまま空へ舞い上がっていく。

残されたのは、重みのある封筒ひとつ。

学園の紋章が刻まれた赤い封蝋。

母さんとハイネ、そして父さんが居間から出てきて見守っている。

「ルウス……」

母さんの声が少し震えている。

俺は深く息を吸い、封を切った。

紙を広げる。

そこには、はっきりとした文字。


ディバルダ王国魔法学園

入学試験 合格通知


一瞬、頭が真っ白になった。

次の瞬間、胸の奥に熱いものが込み上げる。

「……受かった…」

声に出してようやく実感が湧いた。

「受かった!!」

ハイネが跳ねる。

「おにーちゃんすごい!!」

母さんはほっと息をつき、目を細めた。

「本当によかったわ……」

父さんは大きく笑って、俺の肩を叩く。

「当然だな。お前なら通ると思っていた」

その手が少しだけ強かったのは、きっと嬉しさを隠しているからだ。

俺は通知書を握りしめた。

黒鱗を使わず、

普通の水魔法だけで掴んだ合格。

それが何より嬉しかった。


合格通知を握りしめたまま、俺はそのまま屋敷を飛び出した。

考えるより先に、体が動いていた。

向かう先は一つ。

ローベルの防具屋。

石畳を蹴り、息が切れるのも構わず走る。

胸の中で、嬉しさと緊張がぐちゃぐちゃに混ざって弾けそうだった。

――頼むから、受かっててくれ。

そう願いながら、角を曲がる。

そして見えた。

いつもの、防具屋。

……まだ、煙は出ていない。

今日は爆発してないらしい。

その事実に、なぜか少し安心しながら扉を開けた。

「ローベル!!」

店の中に響く俺の声。

金属を打つ音が止まる。

奥から、見慣れた大きな影が出てきた。

ローベルだ。

そしてその手には――

俺と同じ、封蝋付きの封筒。

一瞬、互いに固まる。

次の瞬間。

「……お前も?」

「……お前もか?」

同時だった。

ローベルが封を切り、俺も通知書を広げる。

そこには、どちらにもはっきりと書かれていた。


合格


一拍の沈黙。

それから――

「うおおおおおお!!」

「やったぁぁぁ!!」

二人で叫んだ。

拳を打ち合わせ、肩を掴み、笑い合う。

周囲の客が驚いて振り向くほどの騒ぎだ。

「やったなルウス!!」

「お前もだローベル!!」

「これで学園だぞ!」

嬉しさが止まらない。

ローベルの親父さんも奥から顔を出す。

「おお?なんだなんだ、爆発じゃねぇのに騒がしいな」

ローベルが通知書を突き出す。

「親父!受かった!!」

「おぉ!坊ちゃんもか!」

親父さんは一瞬きょとんとしたあと、豪快に笑った。

「はっはっは!!そりゃあめでたい!!今日は祝いだな!」

「爆発はやめてくださいね!?」

「努力する!」

信用できねぇ。

俺とローベルは顔を見合わせて吹き出した。


学園生活が始まる。

新しい仲間、強敵、試練。

その中心に、俺たちは並んで立つ。

この日を境に、

運命の歯車はさらに大きく回り始める。

でも今は――

ただ、合格を喜ぶだけでいい。

未来の嵐なんて、

まだ想像もしなくていい。

笑顔と金属の匂いに包まれながら、

俺たちは新しい一歩を踏み出した。

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