第40話 迷ったら、『温泉』へ

 新作の試行錯誤を繰り返してきた拓馬だったが。


 迷いが大きくなってくると、必ず行く場所があった。湊星商店街北側のメインとも言える施設。『温泉施設』に行くことだ。


 一度頭の中をリフレッシュさせることで、迷いをすっぱり無くすのが一番の解決方法になるため。サックはその間に充電や家事をこなしてくれているため、ひとりになるのはだいたいこの時。


 外食にも彼を連れて記録に残してもらっているので、機械が入れないここくらいしか自分一人で来ることがないのだ。



(何度来ても……いいな、ここ)



 間欠泉が見つかった際には、それなりに騒ぎが生じて消防団などが駆けつけてきたりしたらしいが。


 今では市の許可を得てたくさんの工事が入ったおかげで、立派な建物が上に立ち、名物の『温泉施設』となっている。拓馬が普段売り出している、『温泉水』はここから反対の南側まで水道管を通して汲んでいるものだ。ジェラートを作る際、味のチェックは欠かさない。サックがチェックするときは専用のリトマスシートを使っているが。



 入浴料は、基本800円。タオルなどを持参していれば、100円引きと少しお得に。


 物価の上昇は施設にも少し影響があるため、これでもぎりぎりの価格だ。赤字ではないらしいと、商工会のときにオーナーから聞いたことはあるが、閉店まで途切れることのない客入りを見てると羨ましくも思う。


 稼ぎはこちらのがダントツ上。


 拓馬も四年は店を経営出来てはいるものの、芽衣のバイト代以外にサックの購入費ローンや家賃光熱費が結構かかっている。材料の仕入れにも力を入れているので、今では『少し余裕』が出ているだけだ。まだまだ経営者としては赤子同然。


 だからではないが、気分転換をするにはこの施設を利用すると落ち着くのだ。かけ湯を済ませ、早速湯舟に浸かる。泉質にもよるのだが、体を洗うのはここではしなくていい。


 髪はともかく、せっかくの温泉の成分が体に馴染みにくいと説明に書いてあるからだ。これは、泉質を調べた職員が各地の温泉と比較して説明文に記載したことから決められたそう。



「あ~……気持ちいい」



 何度入っても、ここの温泉は初心に帰ったかのように、心を洗い流してくれる。香りは嗅ぎ慣れたものだが、ほのかな花のような香りもいつだって心を落ち着かせてくれるのだ。だからこそ、この湯を使ったジェラートはいつも美味しく出来ているのである。



「あれ、拓馬?」



 声をかけられたので振り返れば、そこにいたのは更紗のオーナーだった。どうやら、くつろぎに来た際に遭遇したようだ。



「あ、お疲れ様です」

「なんだ。たまの休みに癒されにきたのか?」

「……半分は、新メニューに悩んでいまして」

「そうか。ま、春先に色々商品開発すんのはどこも同じだな?」

「更紗も?」

「おう、息子が自分なりに頑張ってくれている」

「……そうですか」



 ニートを無理やり辞めさせて、引っ張った形で引き継いでもらった喫茶店の仕事。


 引継ぎのときはかなり嫌な顔をされたときもあったが、自分の父親から『マシになった』と言われたときの表情は忘れていない。彼の仕事はちゃんと出来ているんだと自覚できたものだったと。今でこそ、店長としてきちんと調理も接客も出来ているとシルキーの常連にも聞かされることはあったが……それでよかったと、拓馬も思っているのだ。


 もともと、自分は独立したいがために更紗に入社した。ノウハウを学んで、資金が貯まったから時期がきただけで。特に悪いことをしているつもりはなかった。だから、いいのだと、今も自分に言い聞かせている。



「芽衣ちゃんともうまくやってんのか?」

「え、あ、はい?」

「なんだ、違うのか」



 いきなり、芽衣の話になったので焦ったが。やはり、周囲には『そんな風』に見られているのかと照れで顔が赤くなってしまう。湯の温度だけではないと言う表情がオーナーにも伝わったのかで、けらけらと笑われた。



「からかわないでくださいよ」

「一年も、あんなかわい子ちゃんと働けるのに……何も感じない男がいるか?」

「まだ大学生なんですから」

「けど、成人はしてる。いいじゃないか? 慕ってんのバレバレだぞ?」

「……それでも。余計な茶々入れはしないでください」

「はいはい。変なとこで、拓馬はほんと頑固だな?」



 迷いは、たしかに芽衣のこともあるのだが。


 今は新商品入れ替えをどうにかすることが大事なはずなのに。


 オーナーがからかうため、あの朗らかな笑顔が浮かぶと口元が緩みそうで危ない。湯当たりしそうになったので、水風呂で少し気分を変えようとしたが……オーナーからは、新作のアドバイスをしてやると切り替えてくれたのできちんと話を聞くことにした。


 果物、菓子、乳製品について。


 そのどれもが、表向きは現役を退いてもやはり大御所の経験値には敵わないと思ったのだった。


 それらを活かし、風呂から上がったあと、サックのいる自宅で試作をしようと急ぐことにした。

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