第32話 決戦はその荒野で
32 決戦はその荒野で
「そう。
ここがあなたの終焉の地よ――レミリア・ラガー」
この未開の大地に立つ三人のうちの一人――スティーファ・キルカはそう謳う。
同時にレミリアは臨戦態勢になって、もう一度呼吸を整えた。
(――レミリアは、立ち直ってくれた。
が、問題はスティーファの能力。
私は依然、彼女の能力を知らない。
レミリアは、ソレを知っているのか?)
いや、それ以前に、スティーファに勝ち目はあるのか?
本当に今更だが、レミリアの能力は反則級である。
何せ彼女は、自身が五動作行う間、敵を無力化できる。
その間、敵は攻撃を防御する事も回避する事も出来ず、棒立ち状態になる。
『先行』はその名の通り、レミリアの攻撃を先行させる超能力なのだ。
つまりレミリアは五発までなら、敵をサンドバックに出来るという事。
そしてレミリアは、嘗てユージェにこう打ち明けている。
〝これは自慢でも何でもないんだけど、私、水中でクジラを素手で殴り殺した事があるんだよね〟と。
敵の動きを停止させた状態で、それ程のパワーを誇った攻撃が五発加えられる。
それは回避しようのない、敵の死を意味している。
クリッシュがレミリアと互角に戦えたのは、彼が不死であり、痛みに耐性があった為だ。
それ以外の者が彼女と戦えば、完全なワンサイドゲームになる事は明らかだろう。
だというのに、その事を知っている筈のスティーファは笑みを絶やさない。
《レミリア――君はスティーファの能力を知っているか?》
妹であるレミリアなら知っていても不思議ではないが、レミリアの答えはノーだ。
《いえ、お姉さまが能力者である事は知っていたけど、その能力に関しては記憶が曖昧なの。
……お姉さまが小さな頃からラガー家に不信感を抱いていたなら、私に能力を隠していても不思議じゃない》
いや、その事もレミリアには重要な事だが、彼女には更に重要な事があった。
《とにかく、ユージェ君はここから離れていて。
君は戦闘能力が皆無なんだから、ここに留まるのはただ危険なだけよ》
《………》
確かに、レミリアの言う通りである。
未だにスティーファの能力は不明だが、その力次第ではユージェとてその身は危うくなる。
そんな彼の身を気遣いながら戦えば、レミリアの身こそ危うい。
ユージェは強く歯を食いしばりながら、レミリアの指示に従う他なかった。
《……本当にすまない、レミリア。
私はアレほど大口を叩きながら、結局、君の力になれない》
けれど、レミリアは今、心から笑う。
《――冗談。
ユージェ君は、とっくの昔に私の力になっている。
前にお姉さまは、自分の最高のパートナーだって言っていたわね?
その台詞――何時か撤回させてみせるわ》
《……レミリア》
最後にそんなやりとりをして、ユージェはその場を後にする。
その間、彼は自分に出来る事を、ひたすらやり通そうとする。
ユージェはレミリアの為に、スティーファの能力を考察した。
(スティーファは、確かにあのとき死んでいた。
それは死神である私が確認したのだから、間違いない。
なら、彼女の能力は蘇生する事?
いや、まさかスティーファは、クリッシュの蘇生能力を自身に投影した?
彼女の能力は、相対した敵の能力を、自分の物にする事か?
スティーファの能力が、その都度変わるのは、その為?
だから私の転移も、彼女は模倣できた――?)
仮にそうだとすれば、スティーファが余裕なのも分かる。
彼女がレミリアと同じ能力を使えるなら、これは完全な消耗戦だ。
レミリアとスティーファ、そのどちらの耐久力が上かという勝負になる。
「では、私からいくわよ、レミリア。
本当に、軽くね」
けれど、この時ユージェとレミリアは、その光景を目撃する。
腕を組むスティーファは、一動作も行う事なく、巨大な閃光を発射したのだ。
それは軽く三千メートル級の山を穿つ威力を孕んでいて、レミリアは素直に驚愕する。
(――不味いっ!
私の後ろには、まだユージェ君が――)
そう思考するのと同時に、レミリアは自身の右腕を突き出す。
彼女は自分の能力を集中させて、その閃光をあろう事か停止させていた。
「やはり、これさえ止めるのね、レミリアは。
さすがは、あの師の弟子。
そうでなければ、面白くない」
やがて消失する、閃光。
が、次に出現したのは、連続して放たれる閃光だった。
「……なっ?」
後の世でサーチレーザーと呼ばれるそれは、その名の通り自動的にレミリアの体に迫る。
千に及ぶ光のシャワーを前にして、レミリアは駆け出しながら回避し、避けられない物は受け止める。
《これが――お姉さまの能力っ?
これも誰かの能力を模倣しているの、ユージェ君っ?》
漸く戦場から一キロは離れたユージェは、ただ息を呑む。
《……それは、分からない。
だが、だとしたら、スティーファの能力は完全に未知数だ。
レミリアは彼女が能力を使う前に、先手をとるしかない!》
それが可能な能力を、レミリアは持っている。
彼女の『先行』なら、スティーファの攻撃を停止させ、その間に攻撃が可能だ。
今までは、姉に攻撃する事に躊躇いがあったレミリアだが、もうそんな事は言っていられない。
自分の敗北は、ヴィルカの死を意味している。
ならば、レミリアとて容赦はしない。
「な――っ?」
しかし、そう決意した筈のレミリアは、何故か戸惑う。
彼女は、自分が何をしようとしていたか、理解できなかったから。
《……私、私の、能力。
それは、何……?》
《……何だって?》
レミリアのテレパシーを受信したユージェが、眉をひそめる。
それもその筈か。
何せレミリアは今、自分自身の能力が何か分からない状態にあるのだから――。
《これも――スティーファの能力、か?
なんだ、ソレは?
当然だが、クリッシュと戦った時の彼女とはまるで別人だ。
彼女は幾つ能力を、併用できる――?
スティーファの方こそ、反則級の能力者じゃないか――》
その間も、スティーファの攻撃は続く。
今度は空からレーザーが雨の様に降り注ぎ、レミリアへと肉薄する。
この回避不能な全方位攻撃を前にして、彼女は防御に全力を注ぐ。
レミリアはレーザーの雨を両腕で受け止め、何とかダメージを回避する。
「へぇ。
まだ自分の能力を忘却しきっていないのね、あなたは。
でも、無駄よ。
師が言っていたでしょう?
この世で最も恐ろしい能力は、三つあると。
一つは万物を殺す〝ビッグバン〟――。
二つ目は、術者のあらゆる都合を優先する『優先』――。
そして三つ目は、被術者の記憶さえ操作する『■■』――。
私に記憶を操作され、己の能力さえ忘却しているあなたでは――絶対に私には勝てない」
「……『■■』っ?
それがお姉さまの能力――っ?」
だが、確かにレミリアは、今スティーファ自身が告げたその能力を、記憶出来ない。
聞いた瞬間、直ぐに彼女の脳内からその情報は消えて、レミリアはただ圧倒される。
それはユージェも同じで、彼は自分の思考力がまともではない事を思い知る。
(――強いっ!
クリッシュとは別の意味で――強いっ!
スティーファの能力を何とかしない限り、レミリアは追い詰められるばかりだ――っ!)
けれど、戦闘能力という物が無い彼では、何も出来ない。
あの戦場に立っても、ただの足手まといになるだけだ。
それ程までに、スティーファ・キルカの攻撃範囲は、広大である。
今あの戦場に足を踏み入れるのは、リスクが高い。
あの雨の様な攻撃を食らえば、或いはユージェの核を破壊する事だってある。
(……だからといって、このまま手をこまねいている訳にはいかない。
レミリアに勝ち目がないなら、ここは撤退するべきか?
隙を見てレミリアのもとに転移して、彼女と共にラガー家に向かう。
そこでヴィルカを拾って、スティーファの手が届かない場所に転移する?)
自問自答する、ユージェ。
事実、能力を封じられたレミリアは、ひたすら防御に徹している。
いや、彼女は地面を踏みしめ、土砂を舞い上げて、その破片を拳で撃ち放つ。
「つ……?」
このスティーファの虚をついた攻撃は、確かに彼女の体に届こうとする。
しかし、スティーファの笑みは消える事はなかった。
彼女の前方には光りの壁が展開され、レミリアの奇襲を全て阻む。
(さすが、レミリア。
実戦と言える物は数回ほどしか経験していない筈なのに、天性ともいえる才がある)
素直にそう感心するスティーファだったが、彼女は直ぐに気が付いた。
今そこに居た筈のレミリアの姿が、無い事に。
(く――っ?
今の攻撃は――ただの陽動!)
ほぼただの勘で、スティーファは後ろを振り返る。
そこには、今まさに拳に力を込める妹が居た。
レミリアはスティーファが先の攻撃で気をとられている隙に、スティーファの背後に回り込んだのだ。
「――レミリア・ラガー!」
「おおおおおおおおおお―――っ!」
そして放たれるレミリアの拳と、ソレを防ごうとするスティーファの光の盾が激突する。
この二つは凄まじい衝撃波を放ちながら衝突して――しのぎを削る。
「く……っ!」
「あああああああああああああ―――っ!」
結果、スティーファは自身の盾に亀裂が生じるのを、見た。
レミリア・ラガーの一撃は盾を粉砕して、スティーファ・キルカの体に届く。
みぞおちに決まったレミリアの拳は、文字通りスティーファを吹き飛ばす――!
(つっ!
浅い、か!)
だが、スティーファの体は崩れない。
光の盾で拳の威力の殆どを相殺した彼女は、尚も健在だ。
(……本当に、強い。
さすが、我が妹。
能力に頼らずとも、ここまで私を追い詰めるとは)
いや、ソレ以上に自分は、慢心していたのではないか?
レミリアの能力を上回る力を持つ自分は、そのため驕っていた。
そう理解した時、スティーファは一笑する。
「いいでしょう。
なら――私もギアを一つ上げるまで」
「な、にっ?」
レベル一だった力を――彼女はレベル二に変える。
彼女の両手には、二振りの剣が握られていた。
ソレを振りかぶり、振り下ろす。
たったそれだけの攻撃は、しかしレミリアを瞠目させた。
スティーファが降り下ろした剣は、その瞬間、全長が五十キロほどになり、その幅も五百メートルを超える。
超弩級ともいえる巨大な剣が降り下ろされた瞬間、レミリアは強く歯を食いしばった。
自身が覚えている限りの能力を使って、彼女はその攻撃を止める。
だが、スティーファの得物は二つある。
彼女はそのもう一振りを、レミリアに向けて打ち放とうとする。
(……不味、いっ!)
今、同規模の攻撃がくれば、防ぎ切れるかは怪しい。
レミリアがそう感じた時、戦況がもう一度動く。
(ユージェ君――っ!)
(……そう。
プランなら、もう一つあった。
それは私がスティーファと共に転移して――彼女を活火山の火口に叩き落す事!)
スティーファの背後に転移する、ユージェ。
それが、ユージェの切り札である。
但し、火口に落ちるまでの時間は、一秒に満たない。
その間に再転位しなければ、ユージェも火口に落ちて死ぬ。
そう言った決意と共に起こされた行動は、けれどスティーファの嘲笑を買うだけだった。
「あら、言っていませんでしたっけ、ユージェ君?
私の力は――レベルが一つ上がっていると」
「――なっ?」
その瞬間、虚を衝かれた筈のスティーファは――その剣を以てユージェの体を両断した。
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