姉妹VS怪異

蟹場たらば

1 姉妹VSメリーさん

 寝落ちしてしまったようで、サークル仲間からの既読はなかなかつかなかった。


 かくいう私も、明日は一限から必修講義である。いい加減、寝た方がいいだろう。スワイプしてトークアプリを閉じる。


 その時、ちょうどスマホに着信が入った。


「私、メリーさん。今、ゴミ捨て場にいるの」


 有名なフレーズだけ口にして、電話はすぐに切れた。


 メリーさんと名づけて可愛がっていた人形を、女の子は引っ越しを機会に捨ててしまう。するとその夜、彼女を名乗る電話が掛かってきた。


 メリーさんは「今、ゴミ捨て場にいるの」「今、郵便局にいるの」と、電話のたびに徐々に引っ越し先に近づいていることを告げてくる。


 とうとう「今、あなたの家の前にいるの」と言われて、女の子は怯えながら玄関の方へ目をやる。その時、再びメリーさんから電話が来た。「今、あなたの後ろにいるの」と……


『メリーさんの電話』は、陸上部所属の私でも知ってるような有名な怪談だった。今のは多分、それを下敷きにしたイタズラ電話だったんだろう。だって、常識的に考えてメリーさんなんているわけがないし。


 もっとも犯人はイタズラ電話に不慣れみたいだった。電話番号が非通知設定になっていなかったのだ。着信拒否する前に、ネットに情報がないか検索してみる。


 けれど、引っかかったのは迷惑電話のサイトじゃなかった。オカルト系のサイトだった。


 メリーさんの電話番号として挙げられていたのである。


 いやいや、ただの偶然でしょ。もしくは、イタズラが本物だと誤解されてるとかね。だって、常識的に考えてメリーさんなんているわけが――


 また同じ番号から着信が入った。


「私、メリーさん。今、××公園にいるの」


 近所の公園の名前だけ口にして、今度も電話はすぐに切れた。


 知り合いなら私の住所を把握してるから、今みたいに怪談を再現することはできるだろう。ただ着拒されるかもしれないのに、非通知にせずに掛けてくるとは考えにくい。


 メリーさんは本当に、この岡本おかもと家に近づいてきているのだ。


 やばい、やばい、まずい、やばい。私は慌てて『とおる』というドアプレートのかかった部屋を出る。こんな時にやることと言えば一つしか思いつかなかった。


 隣の『かおる』というドアプレートの部屋へ――妹の部屋へ駆け込んだのである。


「きゃあ!」


 薫は手にしていたY字の棒を跳ね上げる。


 棒の先端部分は、木の枠の中に入っていた砂に接していた。だから、棒の跳ね上げと共に、砂が空中に巻き上がる。


「もう、急に入ってこないでよ。扶箕フーチーやってるんだから」


「何をやってるって?」


 薫の話を要約すると、中国版こっくりさん、もしくは中国版ウィジャボード的なものらしい。棒を持った状態で神や霊を体に下ろして、砂の上に託宣を自動書記するのだそうだ。だから、ウィジャボードって何?


 この通り薫は弱冠十七歳にして、どこに出しても恥ずかしくない、いやオカルトマニアだった。


 ただそのおかげで、薫は『メリーさんの電話』はもちろん、電話番号のことまで知っていた。私が狙われているという話もすぐに信じてくれた。


 それどころか、対策まで授けてくれたのだった。


「車出して」


「逃げるってこと?」


 メリーさんは少しずつこちらに近づいてくるのである。それ以上のスピードで離れていけば、確かに振り切れるかもしれない。


 だけど、薫の考えは私とは違うようだった。


「怪異退治について、古来からこんな言葉が伝わっている。〝バケモンにはバケモンをぶつけんだよ〟と」


「それ十年くらい前に流行ったやつじゃない?」



     ◇◇◇



 マニアの思いつきをどこまで信じていいか分からないけれど、他に頼れるものもないので私は車を飛ばすことにした。


 向かった先は、家の近くにある山だった。


 山道を登っていくと、道路脇の駐車用スペースに出くわす。そこに車を停めるように、薫は指示してくる。


「降りて」


 薫はさらにそう指示してきた。ここからは徒歩で山道を登るらしい。


 うーん、あのまま車に乗ってた方がよかったんじゃないのかな。せっかくメリーさんを振り切れそうな感じだったのに。


「私、メリーさん。今、コンビニにいるの」


「今、山のふもとにいるの」


「今、あなたの車の前にいるの」


 案の定、歩く内にメリーさんにまた近づかれ始めていた。


 ほどなくして、もう電話で伝えられなくても、そばにいるのが分かるほどの距離感になってしまう。


「なんか足音みたいなのが聞こえるんだけど」


「うん、ついてきてるね」


 びびりまくりの私と違って、薫は平気で後ろを振り返る。


「いい感じ」


『メリーさんを生で見られていい感じ』という意味なのか、『扶箕フーチーの邪魔をしたお姉ちゃんを消せそうでいい感じ』という意味なのか。せめて前者であってほしい……


 薫ももう高校生だもんなぁ。ノックせずに入ったのはまずかったよなぁ。そう妹の反抗期に思いを馳せていた時のことだった。


 また例の電話番号から着信が入ったのだった。


「私、メリーさん。今、あなたの後ろに――」


「えいっ」


 メリーさんが言い終わる前に、薫は足払いを放った。


 私に。


「ぎゃあああああ」


 薫が足払いをした直後、悲鳴を上げる。


 メリーさんが。


 えっ、何が起こってんの? 全然分からないんだけど?


 アスファルトに転ばされて、膝からは血が滲んでいたけれど、今はどうでもよかった。立ち上がって、後ろで何が起きていたのかを確認する。


 メリーさんらしき金髪の女の子の人形はボロボロになっていた。


 引っかかれ、噛みつかれ、犬のおもちゃになっていたのだ。


 いや、マジで何が起こってんの? まさか見ても分からないとは思わなかったんだけど?


 ただこんなにめちゃくちゃな状況なのに、薫にとっては想定通りみたいだった。怪我をした私に、洗う用の水と絆創膏を差し出してきた。


「あれは送り犬って妖怪。山道で人の後ろをつけて、転んだところを襲うの。だから、メリーさんが来るタイミングで、お姉ちゃんにはわざと転んでもらった」


 山道を歩き始めて以降、背後から足音が聞こえるようになった。あれは実はメリーさんではなく、送り犬とやらのものだったらしい。


 怪談でのメリーさんは、壁を無視して突然家の中に現れていることから、ワープ的なもので移動するのだと薫は当たりをつけた。そこであえて山へ行って送り犬を呼び寄せ、メリーさんを私の後ろに、つまり私と送り犬の間にワープさせた。


 さらにワープの瞬間、薫は私に足払いをした。伝承通り、転んだ私を送り犬は襲おうとするが、私たちの間にはメリーさんがいる。そのため、送り犬がメリーさんを攻撃する形になったのである。


「本当にバケモンにバケモンをぶつけたんだ…… でも、ありがとう」


「じゃあ、おんぶして」


「おんぶ?」


 次のメリーさん対策かと思ったけど違うらしい。薫はハァハァと肩で息をしていた。ちょっと上り坂を歩いただけなのに、もうバテてしまったようだ。


 言われるがままに薫をおぶると、私は車まで歩き出す。せっかく頭を使ってメリーさんを倒したっていうのにしまらないなぁ。


「……ごめん、お姉ちゃん」


「これくらい別にいいよ。助けてもらったんだから」


 送り犬の襲撃以来、メリーさんからの電話は一度も来ていなかった。完全に退治できたと考えていいんじゃないだろうか。命を助けてもらったんだから、おんぶくらい何回してあげたってよかった。


 けれど、薫は「そうじゃなくて」と言い直してきた。


「メリーさんから電話が掛かってきたり、送り犬につけ狙われたり、怪異が寄ってきやすくなってるのは、私がお姉ちゃんに呪いをかけたせいだと思う」


 テスト期間中なのに、家に友達を呼んで騒いだ件か。勝手に漫画を借りた上に、ジュースをこぼした件か。それとも――


「……なんで?」


「ネットで見つけて面白そうだったから、身近な人で観察してみようと思って」


「せめて自分で試しなさいよ!」


 日頃の恨みと言われた方がまだ納得できた。これだからオカルトマニアは。


 妹が命の恩人になったと思ったら、今度はマッチポンパーになってしまった。もう山に置き去りにして帰ろうかな。


 しかし、そういうわけにもいかないようだった。


「なんか、また足音が聞こえてきたんだけど」


「まだ呪いは続いてるってことだろうね」


 せめて申し訳なさそうに言ってほしいなぁ……

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