第4話


元コールセンター苦情処理係、異世界転生して冒険者ギルドで受付無双します

第4話 その保険、戦ってから入れません

夕方の冒険者ギルドは、いつもより少し賑やかだった。

だが、その日の扉が開いた瞬間、空気は一瞬で変わった。

板の上に乗せられた冒険者が運び込まれる。

鎧は裂け、血がにじんでいる。

足は不自然な方向に曲がり、動くことすらできない。

「ちょっと! 早く治療してください!」

叫びは怒鳴り声ではなく、焦りと心配が入り混じった声だった。

仲間を守るために、必死になっているのが伝わる。

受付奥で上司が小声でつぶやく。

「う、うーん……これは……」

半歩、下がる。

さらに半歩。

まどかは深呼吸した。

(大丈夫、こういうときはまず“命”だ)

「回復魔法師、至急!」

声は静かだが、ギルド全体に通る。

「治療を最優先します。

 支払いの話は、あとで」

この一言で、空気が一瞬落ち着いた。

治療班が素早く動き、板の上の冒険者は奥へ運ばれていく。

応急処置が終わると、パーティがカウンター前に集まった。

リーダー格の冒険者が、肩に手を置きながら言う。

「治療はありがとう。でも……費用はどうなるんだ?」

「魔王軍モンスターの討伐だ。街も守ったんだぞ?」

「ギルドの補助は出るんですよね?」

まどかは落ち着いた声で答える。

「確認します。

 今回の討伐は民間組織派遣の依頼です。

 国家案件ではなく、ギルドからの斡旋もありません」

リーダーは少し肩を落とした。

「では、質問です。

 ケガ対応保険、加入されていますか?」

冒険者たちは一瞬、沈黙した。

「え、えっと……入ってない……」

焦りと戸惑いが混じった声。

まどかは頷く。

「了解です。では説明しますね」

ギルドには、民間派遣向けの戦闘中のケガ対応保険がある。

回復魔法や治療費の補填

治療後の後遺症ケア

戦闘前に加入することが条件

まどかは淡々と説明する。

「戦闘前に加入していれば、今回の治療費は全額補助対象でした」

冒険者たちは口をぽかんと開ける。

「……そ、そうか。戦う前に入るんだな」

まどかは微笑む。

「はい、その通りです」

リーダー格の冒険者が前のめりになる。

「じゃあ、今から入れる?」

まどかは首を横に振った。

「できません。

 保険はケガをしてから加入できません」

冒険者たちは苦笑する。


「ただし」

まどかは書類を差し出す。

「簡易救済枠はあります」

応急回復のみ

全快は対象外

返済義務あり

「完全な補助ではありませんが、

 ないよりはずっと良いです」

リーダーは深く息を吐いた。

「……分かった、これで進めよう」

カルテを確認しながら、まどかは小さくつぶやく。

「今回のケガ、魔法攻撃の影響も大きいですね」

冒険者が気づく。

「……ああ、軍式じゃなかったな」


治療が終わり、パーティは帰り支度を始める。

まどかは最後に一言だけ付け加えた。

「保険の加入手続き、次の出発前に済ませますか?」

冒険者

「……はい、絶対に」

まどかは微笑む。

「では、次の出発までにお願いしますね」

受付奥から上司がそっと出てきた。

「いやぁ……相沢さん、今日も助かったよ」

まどかは笑顔で答える。

「いえ、仕事ですから」

番号札が光る。

「次の方、どうぞ」

受付は今日も、平常運転。

でも少しだけ賢くなった冒険者たちが去った後のギルドには、

静かに緊張と笑いが混ざって残っていた。

第4話・完

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