元コールセンター苦情処理係、異世界転生して冒険者ギルドで受付無双します

ミヤボン

第1話


元コールセンター苦情処理係、異世界転生して冒険者ギルドで受付無双します

第1話 異世界でも受付でした

「――だから!

 私は悪くないって言ってるでしょう!」

相沢まどかは、耳にかけたヘッドセットを指で軽く押さえた。

怒鳴り声が大きいとき、無意識にやってしまう癖だ。

(はい、初手で免責宣言)

「恐れ入ります。状況を確認いたしますので――」

「確認じゃないの!

 そっちの説明が悪いからこうなったの!」

(説明書、三回読んだって言ってたけど、

 たぶん“表紙だけ”だな)

モニターには顧客情報と通話ログ。

画面の隅で、平均対応時間のカウントが静かに進んでいる。

(あー、これは長引く)

「ご不便をおかけして申し訳ございません」

謝罪テンプレを口にしながら、

頭の中ではいつもの仕分け作業が始まっていた。

(主張:私は被害者)

(要求:今すぐ何とかしろ)

(原因:操作ミス)

(責任:なぜか全部こちら)

――今日も平常運転。

「前の担当者は『できます』って言ったのよ!」

(言ってない。

 “検討します”がいつの間にか

 “できます”に変換される現象、

 そろそろ名前つけてほしい)

「恐れ入りますが、記録を確認いたしますね」

「ちょっと! 保留にしないで!」

(保留にしないと確認できない仕様です)

まどかは一瞬だけミュートにして、

小さく息を吐いた。

ふと視線を上げると、

フロアの向こうで上司と目が合う。

一秒。

二秒。

上司は、すっと視線を逸らした。

(あ、これ――)

次の瞬間、

上司は立ち上がり、ホワイトボードに札を貼る。

【急用・離席中】

(急用=逃走)

ミュートを解除すると、

ヘッドセット越しに怒号が戻ってきた。

「責任者を出しなさいよ!」

(今まさに、その責任者が

 全力で責任から逃げました)

「申し訳ございません。

 私が引き続き対応いたします」

「あなたじゃ話にならない!」

(それ、今日四回目)

モニター右下。

定時まで、あと十分。

(……はい、延長確定)

結局、

「社内で確認します」

「今回は特例で」

「今後の改善に努めます」

という三種の呪文を唱え続け、

ようやく通話が終わった頃には――

外は、すっかり夕焼けだった。

「……お疲れさまでした」

誰も返さない挨拶をして、

まどかはヘッドセットを外した。

帰り道。

交差点の信号が青に変わる。

(今日、晩ごはん何にしようかな)

そう考えた、その瞬間。

――衝撃。

――視界が反転。

音が、消えた。

「……相沢まどかさん」

柔らかい声で名前を呼ばれ、

まどかは目を開けた。

木製のカウンター。

整然と積まれた書類。

どこか役所っぽい空気。

(……あ)

「もしかして、私、死にました?」

「はい。交通事故でした」

即答だった。

(あっさりだな)

「ここは?」

「転生手続き窓口です」

(異世界でも窓口……)

穏やかな職員は微笑みながら言った。

「転生後のご希望はありますか?

 なりたい職業など」

まどかは少し考えて、正直に答える。

「……できれば、

 クレーム対応のない仕事でお願いします」

職員は深く頷いた。

「お気持ち、よく分かります」

端末を操作し、少し困った顔。

「……該当なしですね」

(ですよね)

「前世の職歴を確認します」

画面を見た職員の表情が、わずかに変わった。

「コールセンター……苦情処理……」

「……本当に、大変でしたね」

その一言で、

胸の奥が少しだけ軽くなった。

「適性値が非常に高く……」

(その言い方やめてほしい)

「冒険者ギルドの総合受付に

 配属となります」

(異世界まで来て、また受付)

次に目を開けた瞬間。

「だから言ってるだろ!

 俺たちは勇者パーティだぞ!」

「勇者だろうが何だろうが!

 契約は契約だ!」

石造りの広いホール。

天井は高く、壁には魔物の剥製。

正面には――

冒険者ギルドの受付カウンター。

右には、金と装飾で固めた勇者パーティ。

左には、年季の入った冒険者パーティ。

(うわ、初日から修羅場)

受付奥で、

中年の男性が冷や汗をかいている。

(……上司だ)

目が合った。

一秒。

二秒。

嫌な予感しかしない。

「相沢さん……お願いできるかな?」

(あ、これ私に投げるやつだ)

「国家と民間、両方絡んでてね」

(あ、最悪のやつだ)

まどかが一歩前に出た瞬間、

上司は音もなく後退した。

(逃げ足だけ一流)

その時――

【苦情対応オートモード:起動】

(……あ)

(完全に、仕事だ)

怒鳴り合う声が、

頭の中で要点化されていく。

勇者:国家案件だから優遇しろ

冒険者:契約条件が違う

(はいはい)

まどかは、にこやかに言った。

「お待たせしました。

 状況を整理しますね」

全員が黙る。

「勇者様の主張は“国家案件だから優先”

 冒険者様は“契約条件が違う”

 ――合っていますか?」

沈黙。

「では、契約書を確認します」

ぱらり、と紙の音。

「勇者様。

 その主張は条項三に反しています」

「なっ……」

「冒険者様。

 追加条件への署名、ありますよね?」

冒険者、目を逸らす。

(あったな)

「結論です」

まどかは淡々と続けた。

「責任は

 勇者様:準備不足

 冒険者様:確認不足」

二人とも黙る。

「再契約。

 報酬は当初条件に戻します」

「追加分は、国家側から別枠請求」

異論は出なかった。

五分後。

怒号は消え、問題は解決していた。

まどかは、いつもの調子で言う。

「では、次の方どうぞ」

周囲の冒険者が、

一斉に一歩下がった。

(……なんで距離取るの)

背後で、上司が戻ってくる。

「いやあ、さすがだね相沢さん!」

(その言葉、便利だな)

まどかは微笑んだ。

(異世界でも――

 受付は忙しい)

第1話・了

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