リベンジ



「……プレッシャーボア。」

 


 見覚えがあり過ぎる大猪。

 つい先日、モカ達が退治したプレッシャーボアがそこにいた。


「どうやら今回は一頭だけね。」

 草陰から見る限り他のプレッシャーボアは見えず、一頭だけがのしのしと歩いていた。

 大きさは前回遭遇した個体と比べて僅かに小さいくらいだが、それでもモカ達からすれば見上げる程の巨体である。

 脳裏にその時の戦闘が蘇り、無意識にごくりと喉を鳴らす。

 同時に余計なことまで思い出してしまったマリエルとサノンの頬が朱に染まる。


「と、とりあえず、今回は私達がやるから貴方達は見てなさい。」

「よ~し、あたし達のカッコいいとこ見せてあげるからね。」

「ぜ、前回のような醜態は晒さないように頑張ります。」

 草陰から様子を窺いながら、サノン達が小声で気合を入れていく。

 かつては危機的状況まで追いつめられた相手。彼女達にとっては汚名を雪ぐ絶好の機会であった。


 サノンが拳を握り締め、マリエルは弓に矢を番え、ポムニットは杖を抱え大きく深呼吸する。


「がんばってください!」

「お手並み拝見ですね。」

 二人の言葉を受け、それぞれが一斉に動き出した。


 リベンジマッチのスタートだ。



 ◇………………………………………………………………………



「Bugya!?」

 森の中を悠々と闊歩していたプレッシャーボアは、突如として身体に発生した痛みに甲高い声を上げた。

 いつのまにやら足、それも毛皮の薄い関節の裏側に一本の矢が突き刺さっていた。


「よし、足は潰したわ!いくわよ!」

 痛みに混乱するプレッシャーボアの耳に、人間の雌の鳴き声が届くと同時に、近くの茂みの奥から三つの影が現れた。


「サノン、突っ込みなさい!」

「ほいほい!

 前はいいとこなしだったからね~。今回は最初っから全力だよ!」

 真っ先に飛び出したのはサノンだ。

 司令塔であるマリエルの指示により、ルーンを全開にした彼女は、正しく矢のような速さでプレッシャーボアへと突き進んでいく。


「ポムニット、詠唱準備!槍で足止め!」

「わかりました!」

 そんなサノンの背後から、幾本もの矢が空を斬り裂いて飛ぶ。

 マリエルの腕からルーンの輝きが漏れていることから、何かしらの効果が付与されているのだろう。普通の弓から発射されるのではとても出せない程の速度だった。


「Bugya!Brrru!」

 降り注ぐ雨の野に、うっとおし気に頭を振るうプレッシャーボア。

 矢を避けようと右に左にと走り回るが、傷付いた足では振り切れない。

 この程度の矢で傷を負うような生半可な毛皮ではないが、飛んでくる矢は目や関節などの、装甲の薄い部位を狙ってくるため一々行動を阻害して自由に動くことをさせないのだ。

 そして、マリエル妨害を続けている内に、ポムニットの準備が整った。


「初めにありしもの、遍く照らす輝きよ、集いて穿て!」

 それは呪文だった。

 本来なら唱えるだけでも数秒の時間がかかりそうな文字数だが、ポムニットの喉に刻まれたルーンは、人の声帯では不可能なほどの速度でそれを紡ぎ終えることを可能とさせた。


「『光あれ』――光の投槍ルー・ゲイン


 呪文が締め括られた直後、プレッシャーボアへ向かって光輝く槍が降り注いだ。


「Brrgurrraaaa!」

 天性の直感かその脅威を瞬時に感じ取り咄嗟に避けようとしたが、槍は反射を超えた速度で飛来し、プレッシャーボアの脇腹を抉った。

 弾けた鮮血が周囲の草花を赤く染め、絶叫が森の木々を揺らす。


「こいつは痛いよ~!『震えろ』!」

 生まれてこの方、感じたことのない痛みに気を取られていたプレッシャーボアは、いつの間にか間近に迫っていたサノンに気が付くのが遅れてしまった。

 サノンは腰を落とし、体重を乗せて拳を繰り出す。

 その姿は正しく歴戦の勇士と言った感じで堂に入っていた。

 反応が遅れたプレッシャーボアは身を捩るが避けることは叶わず、振り下ろされた拳が蟀谷に突き刺さった。


「Bugu!――――Gyurrrrraaaaa!?」

 人の拳などでこの身体がどうこうなるなどありえない。

 拳を受けたプレッシャーボアは、愚かにも近付いてきた人間に返しの一撃を食らわせてやろうと力を籠めようとして――――直後襲ってきた吐き気に膝を折った。


「Brrr!?」

 何故?

 どうしたというのか?

 足に力を入れて立ち上がろうとするのに力が入らず、視界は溶けたかのようにグニャリと歪んでいる。


「ポムニット、トドメよ。」

 混乱の極みにいるプレッシャーボアに、自身の終わりを齎す宣告が聞こえてきた。


「初めにありしもの、遍く照らす輝きよ、戒め断罪せよ!」


 呪文と共に、プレッシャーボアの頭上に光の刃が現れる。

 大きく、鋭く、重苦しい。

 首を一太刀にして余りある審判の刃だ。


 もはやプレッシャーボアになす術などなかった。


「『光あれ』――光の断頭台ルー・ギョティア


「Brr――――。」


 輝く刃が、プレッシャーボアの首を斬り落とした。



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