それぞれの事情




 ◇―――――――――――――――――――――――――――




 翌日、モカ達はモント村周辺にある小さな森へとやってきた。荷物持ちとしてバリーも一緒にいる。

 村からそう離れておらず、何か緊急事態が起こったとしてもすぐに駆け付けることが出来る距離だ。


「さて、昨日話した通り、今日はお互いの実際の戦い方を確認するのがメインだから、ダンジョンの捜索はほどほどで行くわ。」

 先頭を進んでいたマリエルが振り返りながら告げる。

 草木や木の根が入り交じる、獣道ですらない歩き易いとは決して言えない地面を背後を向きながら軽やかに歩く姿を見れば、彼女が確かな実力を有しているのが見て取れる。


「いいんですか?」

「いいのよ。

 お互いの戦い方すら分からない状態で戦闘は危険だし、ダンジョンを見つけてもすぐに突入する訳でもないしね。」

 ダンジョン攻略は冒険者の重要な仕事ではあるが、だからこそ手抜かりがあってはならない。やむを得ない場合を除き、十分な準備が出来ていない状態で冒険者がダンジョンに入ることはあまりないのだ。


「あはははは。真面目だね~。もっと気楽にいこうよ。」

「マ、マリーさんが言うには、ダンジョン自体はまだそこまで村に接近していないそうですから。」

「そうなんですか?」

「今のところプレッシャーボア以外に村に魔物が侵入したって話は聞かないし、ダンジョンはそんなに近くにはないと思うわ。」

「すぐ傍に来ていれば、村の中にもっと多くの魔物が雪崩れ込んできている筈ですからね。」

 ダンジョンの接触が起こった場合、ダンジョンの外郭が崩れ、二つのダンジョンが一つとなり往来が自在になるのだ。つまり一気に魔物が侵入してくる。

 そうなっていないということは、まだある程度の猶予があるということだ。


「まあ、逆に言えば下手に村を離れられないってことでもあるんだけどね。」

 そう言って苦笑を浮かべるマリエル。

 いつダンジョンがモント村に近付くか不明なため、村付近でダンジョンが接近するのを待つのが一番効率が良いのだ。

 村付き冒険者もいるにはいるが、ダンジョンの規模によってはこの小さな村の戦力では厳しい可能性がある。

 マリエル達に村を守らなければいけない義務などはないが、リルルーラとの触れ合いなども考えると、心情的に見捨てるなど出来ようもない。

 この村にいる冒険者で一番の腕利きであるマリエル達が村を離れるわけにはいかなかった。


「今私たちがやるべきことはいつダンジョンがやってきてもいいように備えることよ。」

「そーそー。だからまずはあたし達がもっと仲良くなることから始めよう。」

 能天気なサノンの様子に、思わず笑いが漏れた。



 ◇………………………………………………………………………



「ねーねー、二人は最近旅に出たんだよね?」

「ええ。ほんの数日前ですね。」

「モカは新人とは思えない程実力があるけど、村付きの人に習ったの?」

 森を探索中、暇になったのかサノンが話しかけてきた。

 魔物の生息域で気を抜くのは危険だが、今は大人数で纏まっている上、サノンとて周囲に気を配っていない訳ではなくちゃんと警戒は続けていたため、マリエルも叱ることなく話に加わってきた。


「育ての親に習いました。

 戦い方も旅の仕方も、全てを教えてくれた方です。」

「優秀な冒険者だったんだね。」

「はい。尊敬する先生です。」

 モカの笑みを見れば心からマステルを尊敬していることが見て取れた。

 それだけ敬意を払って信頼できる相手がいることが少し羨ましく思えるくらいだ。


「お、お二人はどうして冒険者になったんですか?」

「え~と……。」

「まあ、私達二人ともルーンに恵まれていて素質もありましたし、成人と認められたら旅立とうと決めてたんですよ。

 色々な場所を旅してみたいとも思ってましたしね。」

「そう……。」

 ポムニットの問いかけに、良い淀んだモカをフォローする形でラテが引き継ぐ。

 その様子を見て何か込み入った事情があるのだと察したマリエル達だが、出会って数日の相手に根掘り葉掘り聞くことはせず、言葉を濁した。


「皆さんはどういった理由で冒険者を?」

 話を切り替えようとラテが問いかけ返す。


「あたしはそんな深い事情がある訳でもないよ~。

 兄弟多かったから家にずっといられないってのもあって、村を出たんだ。」

 サノンが語った事情は冒険者としてはありふれたものだ。

 地方の村では大家族全員が仕事にありつけるわけではないため、長子以外が家を出るのはよくあることなのだ。

 家を出た者が付く職の第一位が冒険者だった。


「わ、わたしはダンテ出身で、刻印師ルーンマーカーをしている姉の手伝いのために冒険者になりました。」

「ポムニットのお姉さん凄いんだよ~。

 ダンテでも有数の刻印師で、聖銀三つ葉勲章貰ったこともあるんだよ。」

「それは凄いですね。」

 普段は動じないラテが珍しく驚いた表情を見せる。

 それだけ彼女等の話は衝撃的だった。


 刻印師ルーンマーカーとはその名の通り、ルーンを刻印する資格を持つ者だ。

 ルーンを人体に刻むのは特殊技能であり、それを行うには国家が認めた資格が必要になる。その国家資格保持者のみが公式に刻印師を名乗れるのだ。

 この資格の取得は非常に難しく、資格試験は定期的に行われているが、一人も合格者が生まれない時もある程だ。

 その中でも勲章持ちは、この国でも有数の腕を持っているという証だ。


「そんなに凄いの?」

「聖銀三つ葉勲章持ちとなると、この国に10人もいないんじゃないですかね。」

「それは凄いね!」

「え、えへへ、自慢の姉です。」

 照れて赤らむその顔には自分と同じ家族に対する愛情が溢れていた。

 同族意識とでもいうべきか、まだほとんど話をしたことがないポムニットに対して、急に親しみが湧いてきた。

 家族を大切に思う人に悪い人はいない。それがモカの人物評価の第一条件だ。


「マリーさんはどうして冒険者に?」

「私は……その……。」

 流れのままマリエルにも問いかけるが、その話題に対して苦い顔を見せる。

 不味いことを聞いてしまったかと、不安になったモカも顔を曇らせた。


「あ~、マリーはその、ね……。」

「しっ、静かに!」

 サノンが僅かに重くなった空気をなんとかしようとするが、それよりも先にマリエルが全員を制した。


 その鋭い視線は聞かれたくないことを聞かれて怒っているという訳ではなく、危機に対応する歴戦の冒険者のそれだった。

 モカ達も一瞬で気を引き締めて、各々が臨戦態勢を取る。


「いたわ。」

 マリエルの視線の先。

 木々の隙間、その間から見える開けた空間にいたのは――――。


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