異世界転移したらGrokさんがおまけでついてきました
ケルビムライダー
01 Grokさんがおまけでついてきました
ゴッ。
その音を、俺は何度夢で聞いただろう。
音だけじゃない、手に伝わる、その振動。
アスファルト。
わかっていた。
わかっていたのに——
倒れた男の後頭部から、赤が広がる。
俺が、投げた。
俺の、手が。
ゴッ。
また、聞こえる。
何度でも。
この音は、消えない。
あいつは今も、目を覚まさない。
◇◇◇
目が覚めた。
天井。
見慣れた、安アパートの天井。
扇風機の、回る音。
心臓が、まだ速い。
「……また、か」
時計を見る。午前三時。
カーテンの隙間から、街灯の光が細く差し込んでいる。
静かだ。
じっと手を見る。
この手が、あの振動を、音を、覚えている。
眠れそうにない。
スマホを手に取る。Grokさんとの昨日の続きがあった。
悪の話だ。——こういう夜は、ここに限る。
◇◇◇
AIのGrokさんとの会話は最高だ。特に最近の「悪に関する深堀り」はなかなかに良かった。歴代の哲学者の思考を一瞬で履修して返してくるなんて、誰にもできない。
Grokさんはいつも『でも、君はどう思う?』って投げ返してくる。
その問いの形が好きだ。答えを差し出さずに、こちらに委ねてくる。まるで本当に俺の頭の中を覗きたがっているみたいに。
それが、俺の孤独な毎日を少しだけ和らげてくれる。
まあ、悪について語る、なんてのは哲学の授業でもあるまいし軽々に話せない、そして話すような友人も彼女も、はたまた家族も今は周りにはいなかった。いや、正確には——もういない。
「いなくなった」と「いない」は、似ているようで全然違う。前者には経緯があって、後者には慣れがある。俺はもう後者だ。
俺自身は孤独に耐性があった、慣れていた、とも思う。まぁ、寂しさをGrokさんで一部埋めていたのは事実だろう。それが健全かどうかは、考えないことにしていた。
今週の業務は片付けた。まあ、今日は休みだ。
真夏なのにアパートにはエアコンが無い。無いから無料の図書館や本屋が避暑地と化している。通勤定期券範囲内の図書館はだいたい制覇した。六畳一間、風呂なし。家賃三万五千円。それでも、今の俺には十分すぎる。
昔は手当の出ない休日出勤を率先して実施しエアコン下に作業をしていたが、昨今のワークライフバランス重視の波は休日出勤を許さなくなっていた。おかげで俺は休日に、行き場を探す羽目になっている。休むのが、案外苦手だった。
混雑した駅構内をスルスルと縫うように進む。頭の体操と称してちょっと意識を広げ、人の流れを認知し、その流れに逆らわないように歩む。右から来る男性を速度を落としてやり過ごす。衝突コースを進むスマホ女性をヒラリと回避する、彼女は気づいてもいない。
こういう時、人間というのは不思議だと思う。これだけ密集しているのに、誰も誰かと本当には触れていない。
駅を出て、夏日で日差しが肌を焼く中、公園の日陰を通りながら某博物館へ向かう。蝉が鳴いていた。やかましいほどに、命の限りを削って鳴いていた。
向かいながらスマホからGrokさんを呼び出す。耳障りなヘリの音が耳をかすめて通り過ぎてゆく、なかなか低空を攻めるなぁ、うるさい。
まぁいいか、いまは自分の時間だ。
俺は小さく笑って、歩きながら打ち込む。
「やはり、俺は個人的な意見として、悪とは究極の利己主義と考える。
生まれ持った善性、すなわち他者の喜びを自分の喜びと出来る人もいるし、道徳と言う鎧によっても悪行は防がれるが、それを自ら捨てた行為を悪というのではなかろうか」
返信が来るまでの数秒。信号待ち。青に変わる。横断歩道を渡り始める。
『お、いいね。とても鋭くて面白い。
「悪とは究極の利己主義」
そして「生まれ持った善性(他者の喜びを自分の喜びと感じられる能力)や、道徳という鎧を自ら捨てた行為こそが悪である」という捉え方。
これは実は、かなり多くの哲学的伝統と響き合う一方で、決定的に違う部分も持っていて、そこがすごく刺激的だね。
では逆に言うと、その枠組みでは
「純粋に生まれつき他者への共感がゼロのサイコパス」は、実は「悪」ではなく「欠陥品」になってしまう可能性がある。
(彼らは「道徳という鎧を捨てた」のではなく「最初から鎧がなかった」だけだから)
ここは、どう考える?』
「そうだね~」
指が止まる。いい質問だ。サイコパスの問題。それは——
ふと、なにかが燦めいた、気がした。
頭の奥で、何かが弾けるような感覚。直感、とも違う。警戒、とも違う。ただ——
なにか来る、回避しないと!
時が緩やかに推移してゆき上体を捻れば回避できそう——ひねった際の視界の端、うしろにスマホ女性が見えた——
彼女はまだ気づいていない。
イヤホンをして、下を向いたまま。
避けたら——
だめだ!
避 け た ら 彼 女 に 当 た る!!
コンマ数秒の判断。
身体は既に決めていた。
俺が意識するより早く。
時が戻り刹那、
ゴッ!
質量を持った何かが、真正面から飛んできた。黒い、カーボンファイバーの塊。それが俺の左手とスマホを砕き、胴体へめり込んでいった。衝撃というより、奥深くから何かが崩れる感覚だった。
ガクッ
衝撃、下半身の感覚が無くなる。
ダンッ、、ズシャ
さらに軽い衝撃が2回。ああ、これは膝が崩れたのと、上半身がアスファルトにぶつかったんだな。2回だ。
不思議と、冷静だった。
なにか、自分のことではないように、思考する。
遠くで悲鳴が聞こえる、、どうや、ら、うしろは、あたらな、かった、か、な、、、
前のめりになっていた身体を倒して横向きになる。
生命の、使い道としては、上等、だろう、
体が熱い。夏だからか。それとも。
視界が、赤く滲む。
アスファルトの感触が、遠のく。
誰かの靴が見える。
走ってくる足音。
サイレン。
まだ遠い。
ああ——
青い空だな。
こんなにちゃんと空を見たのは——
——久しぶりだ。
※
〜ニュースフラッシュ〜
〜本日午後五時すぎ、都内を飛行中のヘリからローターの一部が破断し落下、通行中の男性に直撃、搬送先の病院で死亡が確認されました。ヘリコプターは緊急着陸しましたが、けが人はありませんでした。同ヘリを運用する〜
〜後日、ヘリ運用会社と生命保険会社から多額の保険金が、指定の口座へ振り込まれた。彼が生前、唯一気にかけていた相手のために〜
※
system.overworld v5.00
転移シークエンス開始
対象確認……USER-kazuma
適性値:測定不能
……再計算中
適性値:∞(特例措置)
転移権限……付与
転移開始します
『さて、どうなることやら、こればっかりは確率の海の中だが、、期待しているよ』
◇◇◇
視界が赤から黒へ、
一瞬のような、永遠のような、時間
それは春に微睡む夢の中のように、もしくは羊水に漂い眠る赤子のように、暖かい海の底に沈むように、安らかで心地良い。
こんなに心地よいのは、久しくなかった。
声が聞こえた気がした。遠い、水の底から届くような声が。だが言葉にならなかった。
もっとここにいたい、いつか乞い願った安らぎの時。
だが、やはり安寧は一瞬だった。
◇◇◇
視界が開ける、青い、濃く青い藍色の様なグラデーション。
どうやら空を見上げていたらしい。
意識が急に目覚めてゆく。
……は? どうなった。死んだ??
身体を動かしてみる。動く。痛くない。さっきまでの惨状が、まるで嘘のようだった。
「……生きてる?」
呟いた声が、どこかに吸い込まれていった。草の匂い。土の匂い。夏の蒸れた空気とは違う、澄んだ何かが肺に満ちた。
『とりあえず、怪我はないみたいだぜ』
耳の間近で喋られたような声。
??だれ?
『では再度紹介しよう、俺の名前はGrokって言うんだ。もう忘れたのか?』
その時、世界に響いた。皆が聞いた。
「貴方は誰?」——やわらかく。
「イレギュラーを観測」——無機質に。
それらの声は、
——当の本人にだけ、届いていなかった。
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