幕間9 古い記憶 side/アマネ

 毎晩恒例になっている、お話の時間。

 今夜は、今夜からは、それがなくなった。


 天音室長が死んだから。

 

 死ぬ。


 死ぬってなんだ?

 よく分からなくて、たくさん調べた。


 もう会えなくなるということ。

 抱きしめてもらえないということ。

 話して、笑って、泣くのができないということ。


 「ただいま」も「おかえり」も、子守歌だって、聞けないということ。


 人は簡単に死ぬ。

 それは分かっていたつもりだった。

 書面上では、何度も見た字面だったから。

 それでも、天音室長が死ぬなんて想像もできなかったのだ。


 今にでも、「ごめんごめん、ちょっと失敗しちゃってさぁ」。

 少し照れて頭を掻きながら、現れてきそうな気がする。


 でも、そんなことはもう起こらない。

 ジンお姉ちゃんが泣いているから。

 ジンお姉ちゃんは、滅多に泣かない。

 泣いているところなんて、一緒にいた三年半、一度も見た事がなかった。


 上手な泣き方を知らないのだと思った。

 泣き方を忘れているのだと思った。


 だからお姉ちゃんは、声を殺して泣いている。

 きっと今、自分が泣いていることにも気付いてないのだと思う。


 真っ直ぐ前を見て、静かに静かに、声も出さずに泣いているのだ。


 だからきっと、天音室長が死んだのは、本当なんだと分かってしまった。

 そう思うと、急に悲しくなってきて、私もわんわん泣いた。

 

 こうやって泣くんだよ。

 思いっきり泣くんだよ。

 

 ジンお姉ちゃんにお手本を見せつけるように、わんわん泣いた。

 悲しみを共有すれば、半分になる。

 どこかで聞いたそんな言葉は、どうやら、まるっきり嘘のようだった。

 だって、私と、ジンお姉ちゃんと、二人の悲しみで倍になったから。

 

 

「アマネ」


 お姉ちゃんが、噛み締めるように私の名を呼んだ。

 天音室長と、同じ名前。

 私の名前を呼ぶ度に、天音室長を思い出す。


 それも未来視して、私に名前をつけたなら、天音室長は、センスが悪い。


「これから私のことは、お姉ちゃんでも、ジンでもなく、室長と呼びなさい」


 涙の成分百%で紡がれた言葉。

 

 ジンお姉ちゃんは、室長になった。



 きっと、私に配慮してくれたのだと思う。

 室長は、天音室長みたいな仕草・話し方・考え方を徹底して再現した。

 天音室長がいなくても、私が悲しくないように。


 それはきっと、お姉ちゃんなりの優しさで。

 だけれどそれは、私にとっての、ジンお姉ちゃんがいなくなったことと同じだった。


 初めて会った時。

 初めてゼロに連れてこられた時。


「私はジン。お姉ちゃんって呼んで」


 

 お手伝いをすれば褒められて、いたずらをすれば怒られた。

 

 天音室長が出張でいないときは、こっそり、お菓子をくれたりして。

 構って欲しくて、たくさん話した。

 話してほしくて、どこまでもついて行った。



 優しく笑いかけてくれた彼女は、もう、世界のどこを探しても居ない。

 ジンお姉ちゃんは、そこにいるのに。

 目の前にいるのは、第零区画室長しかいない。

 でも、どうすることもできなかった。

 ジンお姉ちゃんが決めたことだ。

 

 ジンお姉ちゃんは、いつも正しかったから。

 どこか違っているかもしれない。


 そんな風に思っても、ジンお姉ちゃんが決めたなら、ついて行きたいと思ったから。


 ずっと、私はお姉ちゃんの妹で、世界一の味方だと、思いたかったから。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る