魔法芸術家の旅立ち

__「ねぇツグハ。お母さんみたいに、旅に出てみない?」

「え?」

始めは何かの冗談かと思って焦った。母はどちらかと言えば子供に旅を勧める親ではないと思っていた。

「ど、どうしたのさお母さん?急に旅なんか言いだして。どこか頭でも打った?」

「いいえ、本気よ。」

母の真剣な眼差しは、本気そのものだった。

「今日までのあなたの努力を見て確信したわ。あなたはきっと、旅に出るべきよ。

もちろんすぐになんて言わないし、出たからと言って大きな偉業を成し遂げて帰ってこいとも言わないわ。」

「…じゃあ、なんで」

「この世界のことを知るのよ。この世界はいくつもの国に分かれていて、それぞれの国で、町で、違う暮らしをしているの。その中に入り込んで、その街のことを知って、視野を広げるの。」

「そっか…でも、なんで今更?普通の旅をする人たちはみんな、もっと早い段階で旅に出てる。今更出たって…」

少し自分で言って悲しくなる。そうだ。普通の人はもっと早くに旅に出て経験を積む。世界で活躍する人となればもっと早い。今更出たところで、学ぶことはあっても学びきれない。

そんな落ち込んだ顔でうつむいていると、母はむっと少し怒った顔でこちらに再び語り掛けてきた。

「…あのねツグハ。あなたは今更、だなんていうけど、何事にも始めるのが早い遅いは関係ないのよ。」

「…え?」

「それに、ツグハの力と知識なら、旅に出ている人よりも断然上回っていると思うの。」

「え、そんなはずは」

思わず顔を上げる。母は少し、悲しいような、うれしいような顔をしていた。

「いいえ、ほんとのことよ。…それを知るのも、旅のひとつの目的にしてほしい。」

「自分の力を知る、ため……」

言葉を一つ一つかみしめるように口に出す。

本当は私だって、旅に出たい。

母が…お母さんがいたようなギルドに入って、仲間と戦って、つまらないことで盛り上がりながら歩いて、旅をしたい。

そして何よりも

___「誰も敵わなかった魔王に、この魔法で勝ってみたい」


この言葉を聞くと母は安心したような顔で微笑み、ただ一言、「叶うわよ」と声をかけてくれた。




部屋に戻ると早速、旅に出る準備をした。

全財産のお小遣いに、食料、生きるために必要なものを鞄に入れた。

そして、手放すことのできない、スケッチブックと、お気に入りの筆を持って。


ある程度荷物を詰め終わると、母から一枚の封筒を渡された。

「これは……?」

「これはね、ツグハが行く当てがなくなったときに行くべきところが記してある手紙よ。私の昔の仲間のところが書いてあるから、行く当てが無くなったらそこに行って。紹介状もあるから」

「わかった」

素っ気なさ過ぎに答えてしまったけど、それでいいような気がした。

あまり、いつまでも優しいままでいると、旅に出る時に寂しくなってしまうから。




「じゃあ、行ってくる。いつ帰ってくるかは分からない。飽きたら帰ってくるかも」

「ふふ、分かったわよ。気のすむまで出かけてきてね。気を付けて行ってらっしゃい」

そう会話を交わし、小さい田舎の一軒家の門を潜る。次に自分がこの門を潜るのは、旅を終えて帰ってきたときだけだ。

そう決めて、大きな一歩を踏み出した。

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