ダンジョン配信ガイドラインを全部守ってたら、なぜか最強になってました 〜安全確認がバフになる世界で、俺は今日も淡々と働く

むらかおる

第1話 正しく配信しただけです

「同接、5人か」


 湿気たアパートの一室。

 配信機材と言っても、型落ちのドローンが一機浮いているだけの狭い部屋で、俺――カオルは小さく息を吐いた。


 画面の向こうにいるのは、恐らく巡回ボットが2つと、迷い込んだ野次馬が3人。

 コメントは流れない。


 無理もない。俺の配信は、世界一つまらない。


「えー、それでは配信を開始します」


 俺は手元のタブレットを読み上げ始めた。


「本配信は、ダンジョン協会が定める探索配信ガイドラインに準拠して行われます。暴力的なシーンや、過度な出血表現が含まれる可能性がありますが、これらは正当な業務遂行の結果であり、エンターテイメントとして暴力そのものを推奨する意図はありません」


 棒読みの注意喚起。

 早口で読んでも三十秒はかかる長文だ。


 今のトレンドは、開始一秒でダンジョンへ突入し、派手なスキルでゴブリンを吹き飛ばすRTA気質の配信。

 こんなお経のような注意書きを真面目に読んでいる探索者なんて、俺以外に見たことがない。


 同接が、3人に減った。

 人間が二人、ブラウザバックしたのだろう。


「……じゃあ、行きますか」


 俺は安物の槍を担ぎ、玄関のドアを開けた。

 徒歩五分の場所にある、Eランクダンジョン『地下水道跡』へ向かうために。


 †


 ダンジョン配信全盛の現代において、探索者は二種類に分けられる。

 「燃える」か、「燃えない」か。


 スマホを開けば、今日も有名配信者の切り抜き動画がバズっている。


『S級探索者、ドラゴン相手に挑発連発www』

『立ち入り禁止エリアに入ってみた結果』


 再生数は数百万回。コメント欄は「すげえ!」「神回!」と絶賛の嵐。

 だがその裏で、「子供が真似する」「倫理観どうなってんだ」という批判も無数に付く。


 炎上と称賛は、セットだ。

 リスクを取って、ルールを無視して、刺激を提供した者だけが勝つ。

 それが、この業界の常識だった。


 俺には、それができない。

 いや、正確には――性格的に向いていない。


「……第3層、到着しました」


 地下水道特有の湿った空気が、肌に張り付く。

 俺はドローンのカメラ位置を確認した。


「ガイドライン第12条。探索者は常に退路を確保し、視聴者に不安を与えない画角を維持すること」


 カメラを、自分の背後、やや斜め上に固定する。

 敵の姿も映るし、万が一の時に逃げるルートも見える。


 ただ、迫力は皆無だ。

 主観視点が主流の今、俺の画面は監視カメラ映像みたいに地味だった。


『ギャギャッ!』


 曲がり角から、小鬼――ゴブリンが飛び出してきた。

 Eランクの雑魚。


 普通の配信者なら、挑発の一つも吐いてから斬りかかるだろう。

 俺は、無言で槍を構えた。


 そして、周囲を確認する。


「右よし。左よし。足元よし」


 指差し確認。

 ゴブリンが飛びかかってきた瞬間、剣が届かない間合いから槍を突き出す。


 ドスッ。


 一突き。

 心臓を貫かれたゴブリンが崩れ落ちると同時に、俺はカメラの高度を上げた。


 体液を、直接映さないためだ。


「対象の沈黙を確認。戦闘終了です」


 淡々と報告する。

 派手なエフェクトも、勝利のポーズもない。


 ただの害獣駆除作業。


 コメント欄は、相変わらず無言だった。


「……はあ」


 ため息が漏れる。


 俺だって、稼ぎたくて探索者をやっている。

 奨学金の返済もあるし、来月の家賃も怪しい。


 でも、ルールを破ってまで目立ちたくはない。

 一度炎上すれば、デジタルタトゥーとして一生残る。就職にも響く。


 そんなリスクは、負えない。


 だから俺は、今日も誰も見ていない画面に向かって、

 馬鹿みたいにルールを守り続けて――


【SYSTEM】


 不意に。

 視界の端に、見慣れない青いウィンドウが浮かんだ。


「……なんだ、これ」


 レベルアップでも、クエスト達成でもない。

 事務的なフォントで、こう書かれている。


――――――――――――――――

安全配慮行動を確認しました

対象:敵性存在(ゴブリン)への過剰攻撃の抑制

対象:視聴者への精神的負荷軽減(カメラアングル調整)

評価:適正

――――――――――――――――


 バグか?


 そう思った直後、さらにログが流れた。


――――――――――――――――

視聴者保護係数:+1

自己管理補正:+1

【安全ポイント】が加算されました

現在のポイント:2

――――――――――――――――


「……安全、ポイント?」


 聞いたことのない項目だ。

 STRやAGIなら知っているが、そんなパラメータは見た覚えがない。


 首を傾げた、その時。

 体が、ほんの少しだけ軽くなった。


 さっきまでの疲労が、薄皮を剥ぐように消えている。


「……気のせいか」


 俺は首を振った。

 疲れが見せた幻覚か、運営が試験導入している何かだろう。


「配信、終わります。お疲れ様でした」


 定型文を告げ、配信を切る。

 同接は最後まで、3人のままだった。


 帰りの電車でスマホを開くと、ニュース速報が流れてきた。


『人気配信者、立入禁止区域での撮影で書類送検。アカウント停止処分へ』


 また一人、消えた。


 派手な奴らが勝手に燃え尽きていくのを横目に、俺はつり革を掴む。


 その時の俺は、まだ知らなかった。

 誰も読まないガイドラインの裏側に、

 自分だけが触れてしまった何かがあることを。

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