第3話 永遠に親愛なる少女が、彼らを高みへ連れて行く――

 母星ポラリスからコールバック。接続完了まであと二◯秒。それを待たずに、アルシバはデホログラフ空間に最終コマンドを打ち込んだ。ビッグクランチ――宇宙の終わりまで、あと二四七秒。


「どうやらここが、人類の限界らしい」


 しかしアルシバは苦笑する。その時間を超えれば……暦が変わる。VE5926年ゼロ時。最後の延長コマンドは、ぴったりその暦を指していた。


(宇宙は5925年に滅ぶ……そんな予測なんて当てにならない。ざまあみろ)


 数世代前の理論では加速膨張するしか無かった宇宙。それが収縮へ転じるという理論が発表されて、観測で証明されてから……もう何千年が過ぎたろう。超えてやったぞ。宇宙モデル? 技術的特異点シンギュラリティ? 馬鹿馬鹿しい。


「そんなもの、ヒトの思いの前には何の足しにもなりはしない――」


 どうやら新年は迎えられそうだ。あらゆるマルチバースが超えられなかった限界。一秒毎に十個……二秒で五万個、平行宇宙が消え去っていく中。たった一つだけ、アルシバとユウが生存しているこの次元、この時空連続体。VE5926年、その宇宙でのみ知的生命体は生き延びる。


 アルシバは意識を物質空間に戻して、宇宙船のコンソールを操作する。故郷、ポラリス253。通信接続、全行程完了フルコンプリート。VRディスプレイにノイズが走る。映像どころか、声すら聞こえない。


(ユウ……君はまだそこにいるか?)


 あと三分。何を伝えようか。宇宙が延命してよかった? 君が生きる時間が伸びてよかった? 違う。


(俺は彼女ともう一度話がしたいんだ。伝えたいことがあるんだ)


 そうしていると、声が聞こえた。懐かしい声、幼い頃からずっと焦がれてきた彼女の声――柔らかな夜明けのような声、


「――ル――ア――アル! 聞こえる!? 『ユウ』よ! アルシバ、聞こえる!?」


 その声を、数百年ぶりに聞いた。全く君は、AIのクセに変なところが旧人類みたいに感情的だ。


「聞こえるよ、ユウ。こうして話をするのは千年ぶりくらいだったか。まぁいい、元気だったか? こっちはまだ元気だよ。宇宙も……少なくともあと三分くらいは存在できるみたいだ」


「宇宙なんてどうだっていい!」


 ぴしゃりと『ユウ』が叩きつけた。どうだっていいとは何だ。


「あのな……一応、理論限界を超えたんだぞ。前時代に予想されていた時間を更新してやった。人類どころか宇宙史に残る偉業だ。成し遂げた人間に最初にかける言葉がそれなのか?」


「私はさみしかったの! あなたがいなくなって、ずっと一緒にいたのに、いて欲しかったのに、私の傍から勝手に離れて……いつだってあなたはそう! 覚えてる? あなたがうんと小さかった頃、行っちゃダメだって言われてる森の中へ一人で勝手に入っていって」


「おい! 何千年前の話を掘り出す気だ!? 君だって俺がデホログラフ技師資格を取った時、お祝いとか言って三段重ねのケーキを焼こうとして、危うくオーブンごと家を爆破しそうになったことがあったろう? 君のボディが修復不可能になるかも知れないって、冷や汗をかいたんだからな!!」


「ちょ! それだってすっごい前の話よ――ってもう、ふふ」


「? どうした?」


「さっきまで『もう一度話せたら伝えたいことがある』なんて言ってたのに……私たち文句ばっかり」


「……それもそうだな。宇宙最後の会話にしては、呑気すぎる」


 数秒間二人は笑って、


「ずっと君に言いたかったことがある」


『私も、あなたを送る時、通信越しじゃ言えなかった言葉があるの』


「じゃあ、一緒に言おうか?」


『せーの』「せーの」



「俺は、君のことが好きだ」


「私は、あなたのことが好きです」



 魂が響き合うような甘やかな音色。そして、VE2926年一月一日ゼロ時。それを数秒超えた瞬間――数百光年離れているはずの二人の意識が、一点に収束して混ざり合った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る