隙あらば白か黒かへの応援コメント
「誰だって得意分野以外は素人」——頭ではわかっていても、あるいは、わかったつもりになっていても、勝手に誰かを「有能な人」に仕立てあげたり、別の誰かや自分をことさら「無能な人」に貶めたりしてしまう。
世の中のすべてのものを白か黒かに振り分けたくなるのは、人間のもって生まれた性質なのか、はたまた社会とか時代とかが作り出す悪弊なのか。
いろいろ考えさせられました。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
なんで白黒思考が生まれるのか考えてみたのですが、「楽だから」という結論に至りました。
自分とおよそ関わり合いのない人と接するとき、その人のすべての明暗を評価するのはコストがかかりすぎるし、「この人はこの点は優れてるけど、この点は劣ってて、えーと…」とぼやけた回答になりがちです。社会はイエスかノーかを明文化させがちなので、より、白黒思考が幅を利かせることになるのでしょう。
逆に親友や家族が何かをした時に、情状を酌量できるのも、コストを割くだけの価値があるからなんだと思います。
結局、何が伝えたかったかといえば、そんな状態で他人の評価を軸に自分を立てていると「冷たい世間、冷たい他人」に打ちのめされるんじゃないか、ってことですね。
自分の中の多様性は自分にしか評価できないし、それを前提にしてものを考えたほうが気が楽なんだと思います。世間的に「退屈」の評価であっても、それはお互い様という感じですね。
隙あらば白か黒かへの応援コメント
信頼は積み上げるのに時間がかかり崩れ去るのは一瞬。
だからミスはしてはいけない。
それが昔の正論でしたが、未来では一つのミスで異常に攻撃的になる事に疑問視される時代に入る気がします。
作者からの返信
コメントありがとうございます。
仰る通りだと思います。昔と比較して圧倒的に情報量が増え、「ミス」の頻度も、それを指摘する手段も増えたというのに、ルールは昔のままというのはどうにも時代錯誤な感じがします。
多様性には寛容だが、出されたものには神経質で潔癖となる奇妙な状態だと思います。