第5話 記憶の迷宮

 光に包まれた悠の身体は、ふわりと宙に浮かぶような感覚に襲われた。次の瞬間、足元に硬い石畳の感触が戻る。


 目を開けると――そこは、見覚えのある街だった。


 夕暮れの赤い光。

 古い石造りの建物。

 風に揺れる旗。

 そして、遠くから聞こえる鐘の音。


「……ここは……前世の街だ」


 悠は呟いた。

 懐かしさと胸の痛みが同時に押し寄せる。


「記憶の迷宮……最初の試練ね」


 背後からミラの声がした。彼女も同じ場所に立っている。


「ミラも一緒なのか」


「ええ。あなたの記憶に触れる形になるけど、私は“案内役”として入れるみたい」


 ミラは街並みを見渡し、静かに息を吸った。


「でも……気をつけて。ここにあるのは“本物の記憶”じゃない。あなたの心を揺さぶるために、収集者が歪めている可能性があるわ」


 悠は頷き、歩き出した。


 ◇


 街を進むと、ふと視界の端に黒い影が揺れた。


「……誰かいる」


 悠が振り向くと、そこには――前世の姿のレイヴンが立っていた。


 銀髪を風に揺らし、鋭い瞳でこちらを見つめている。その姿は、あまりにも鮮明で、あまりにも懐かしい。


「レイヴン……!」


 悠が駆け寄ろうとした瞬間、ミラが腕を掴んだ。


「悠、待って! それは“記憶の残像”よ!」


 レイヴンの姿が歪み、影のように揺らめく。


 だが――その影は、悠の名を呼んだ。


「ユウ……」


 その声は、確かにレイヴンの声だった。


 悠の胸が締めつけられる。


「レイヴン……本物なのか?」


 影は答えず、ただ悠を見つめる。


 その瞳には、深い悲しみが宿っていた。


 ミラが低く呟く。


「……これは“あなたの記憶”じゃない。レイヴン本人の記憶よ」


「レイヴンの……?」


「ええ。彼が前世で抱えていた後悔や痛みが、この迷宮に流れ込んでいるの」


 悠は影に近づき、そっと手を伸ばした。


「レイヴン……俺は、君を――」


 その瞬間、影が弾けるように消えた。


 そして、街の空が黒く染まる。


 ◇


 空間が歪み、街並みが崩れ落ちていく。瓦礫の向こうから、低い声が響いた。


「記憶に溺れるか、転生者よ」


 黒い霧が渦を巻き、収集者の影が現れる。


「これは試練だ。過去に囚われる者は、未来を掴めない」


 悠は睨みつけた。


「レイヴンの記憶を勝手に弄ぶな!」


「弄んでいるのはお前だろう。彼の痛みを知らぬまま、愛を語るとは」


 その言葉に、悠の胸がざわつく。


「……痛み?」


 収集者は嗤う。


「レイヴンは前世で、お前を守るためにすべてを捧げた。だが――お前は知らなかった。彼がどれほどの苦しみを抱えていたかを」


 ミラが息を呑む。


「まさか……」


「そうだ。レイヴンは封印の核となる前、ある“選択”を迫られた」


 悠は拳を握りしめた。


「選択……?」


「お前を救うか、自分を救うか。彼は迷わず前者を選んだ。だが、その代償は――」


 収集者の声が低く響く。


「“永遠の孤独”だ」


 悠の心臓が強く脈打つ。


「そんな……レイヴンは……そんなこと……」


 ミラが静かに言った。


「悠……これが“記憶の迷宮”よ。あなたはレイヴンの痛みと向き合わなきゃいけない」


 街の残骸が揺れ、光が差し込む。


 その光の中に――鎖に縛られたレイヴンの姿が一瞬だけ映った。


「ユウ……」


 その声は、かすかに震えていた。


 悠は一歩踏み出し、叫んだ。


「レイヴン! 俺は……君の痛みから逃げない!」


 光が強まり、世界が再び揺れる。


 ――試練の核心へと、悠は踏み込んでいった。



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