これはレビューというより、この作品を自分の中でどう受け止めたら良いのかを考えてしまう、心の内に近いものかもしれません。
薪ストーブの温もりや、歳月を重ねた家族の食卓、この穏やかな空気の中から、「これから語られるのは、軽い思い出ではない」と感じられました。
(その瞬間の気配を、作者さん自身も、あの場で同じように感じていたのだろうか。)
正直に言えば、私には日本の南洋統治について、ほとんど知識がありませんでした。
けれども、ウセノボクくんの存在は、歴史や制度の話を超えて、一人の少年として立ち上がってきます。
そこには、教科書で簡単に片づけられてしまうような歴史ではなく、委任統治という名のもとに行われた現実と、その中で生きた無数の個人の人生がありました。
善意と支配が同時に存在していた場所で、ウセノボクくんは生きていた。
歓喜とも郷愁ともつかない、言葉にしきれない感情が、ただ雨を浴びる姿になる。
お祖父さんが90年近く経っても忘れられない理由が、理屈抜きで分かる気がしました。
「語られなければ消えてしまう記憶」を、作者さんは正面から受け止めてくれました。
お祖父さんが語ったから残り、あなたが書いたから、私はその雨を見ることができました。
この大切な記憶を、言葉にしてくださってありがとうございました。
ウセノボクくんの瞳の輝きは、確かにここまで届きました。
そして、ご自身の生き方と、曾祖父さん、お祖父さんの姿が重なっていく流れもとても素敵でした。
いくつもの現場を経験しながら、それでも言葉を書くことだけは、手放さずにきたこと。
それは、魔法ではなく、誠実な言葉を尽くして語り継ぐ、という姿勢となって、ご自身のファンタジー作品と響き合っている気がしました。
読み終えた今、私も優しい慈雨の中に立ち尽くしています。
エッセイだと思って読み進めると、そこには物語の深い海が待っていました。
作者様の豊かな情景描写に、まるで同じテーブルに腰掛けているかのような感覚に襲われます。
お祝いの席で語られる祖父の記憶。
それは、遠い地から日本へやってきたひとりの少年の話でした。
記憶の中で語られる少年が、まるで“そこで生きている”ように感じられる。
語らなければ消えてしまうものがあり、語ることで確かに残るものがある。
その意味を、静かに、けれど鮮やかに突きつけられて、ハッとさせられました。
作者様の作品が血の通ったものだと感じるのは、きっと源流に、こうした受け取った想いが流れているからなのだと思います。
私もまた物語を紡ぐ一人として、自分はいったい何を言葉に込めているのだろう、と考えずにはいられませんでした。
素晴らしい読書体験を味わえるノンフィクションです。
ぜひご一読を——
ノンフィクションエッセイです。完成度が高すぎるので実際読んでいただきたい。
祖父様から語られる「秘密」の共有。
歴史的背景にも触れつつ、国家の論理ではなく曾祖父様の「ひとりの教育者としての情熱」で言葉を届けるという使命に非常に感銘を受けました。
そして曾祖父様が日本をもっと学ばせたいと連れてきたウセノボクくん。
”雨粒を反射して、キラキラと宝石みたいに輝いていた」瞳の描写。
祖父様にとって5歳年上の落ち着いた少年が、故郷と同じような雨に触れた瞬間の無垢な喜び。
そこまでだと故郷を想い雨に触れて喜んでいるんだと思っていたところ、まさかの名前が現地の言葉で雨に近いという事実。
そして作者様の人間性があらわれる描写。祖父様が作者様にだけ語ったこの意味。
語らなければ消えてしまう記憶。戦争体験もそうですが、だれかが伝えていかなければ物語は動かない、止まってしまう。そこで話も途絶えてしまう。
だからこそ、祖父様はこの話を伝えてほしいと作者様にだけ伝えたのだと思います。
この繊細な描写と書くことによる意味、言葉がだれかを救う、だれかの未来に何かを残す。
そしてこの体験があるからこそ、現在の素晴らしい作品が紡がれているのだと思います。
拝読した後に、自分のこころが慈雨により洗い流される気持ちでした。
このお話を伝えてくださりありがとうございます。
作者のみたよしひと様が実際に体験したノンフィクションエッセイ。まずその完成度の高さに驚きます。
93歳のお祖父様がフレンチレストランで語った、とあるお話。それは昭和初期の褐色肌の少年「ウセノボク」君にまつわるお話。
ある時、海を越えた『慈雨』。そこでウセノボク君が起こした行動、受け取った思い。
その意味に大きく心を揺さぶられました。
そこから時を超えて、みたよしひと様の歩んできた道も語られていきます。
物語を描くとは何なのか。言葉にして伝えるとはどういうことなのか。
みたよしひと様の解答が語られます。
是非とも読んでいただきたい一作です!!
家族のお祝いの席という穏やかな現在から始まり、記憶、歴史、そして言葉の継承へと静かに深く潜っていくエッセイです。
語りの軸となるのは、祖父が孫に託したひとつの記憶――南洋の地から日本へ連れてこられた少年、ウセノボクくんと「雨」の物語。
本作は単なる回想録に留まりません。
「語られなければ消えてしまう記憶」が、祖父から作者へ、そして文章を通じて読者へと手渡されていく。
その連なりそのものが、このエッセイの主題として浮かび上がってくるようでした。
読み終えたあとに残るのは、どしゃぶりの雨の激しさではなく、ゆっくりと心に沁み込む恵みの雨の温もり。
歴史の影に埋もれがちな名もなき記憶に光を当て、言葉を人から人へ受け継いでいくことの意味。
それは、だれかの心を潤し、火を灯し、そっと温めるためにあるのだと、自然に腑に落ちてきます。
現代では、多くの方がWeb小説という形で、物語を綴っています。
評価に一喜一憂したり、思うように届かず立ち止まったりすることもあるでしょう。
それでもなお、なぜ書くのか、なぜ語りたいのか――その原点を思い出させてくれる一篇です。
物語を書くすべての人に、一度手に取ってほしいとお勧めします。