暴露系インフルエンサーとなった大学生の末路を、本人の独白という形で描く短編小説。
やはりこの作品のポイントは、ネット上の正義のいびつさに狂わされた当事者の視点から語られることで生まれる説得力だろう。
インターネットで悪人を断罪する行為は、いつも被害者救済を目的に行われるとは限らない。正義のためという大義名分のもとで巨大な力を行使する快感のために行われることもある。
確かに今まで様々なしがらみによって守られ、マスコミも取り上げることもなかった人々の声がネットを通して広まることで今まで野放しにされてきた不正が正されるケースも少なくない。
だが問題なのは、被害を訴える情報が真実なのかどうかを判別する術がないこと。そして、大衆は真実よりも真実らしい自分たちの気持ちのいい物語を好むということだ。
語り手である大学生ことNも正義のための力を振るう万能感に囚われていく。
ゆがんだ正義感と万能感は肥大していきやがて自分を神と呼ぶまでに思い上がり、自らの過ちを認めなくなる。嘘かどうしても許せないと言っていた彼自身が、ネットの力を借りて嘘を真実に変えることをためらわなくなる。
ネットを使うものは、誰もがNのように影響力を持つ可能性があるし、知らぬ間にNのように善悪の区別がつかなくなっているかもしれない。嘘か本当か分からない情報にさらされながらネットを利用している限り、他人事とはできない真実がこの短編には込められている。
人は誰しも物理的・精神的を問わず、加害性を持ち合わせています。
それを理性で押さえつけていますが、そのリミッターは自身に正当性があると簡単に外れてしまいます。
しかもタチが悪いことに、その正当性というものは自身の陶酔感や満足感を刺激し、更に視野をも狭めてしまいます。
その結果、過剰なまでに相手を追い詰めてしまうわけですね。
正義の名の元に実行する弱い者いじめの完成です。
そうならないように、正義という名を借りた「力の行使」には慎重な判断を怠らないようにする必要があるのですが……AIで簡単に証拠の捏造ができるようになった今、その「正義」の暴走はより頻発することになりそうです。
あなたの中にもある「正義」という名の加害性。
その信念が怪我され壊れてしまった先に待ち受けるものは何か。
今一度冷静になるためにも、本作をお目通しすることをお勧めします。