第13話 人を信じられなかった男が、シスターを信じてしまった話
男は、光り始めた右目を押さえて膝をついた。
激痛。
視界の奥で、何かが軋む。
そのまま視線を向けた先には――
床に転がり、すやすやと眠るアルフィリーナの姿があった。
「……こいつ……」
胸の奥に、忘れていた感覚が蘇る。
どこか懐かしい、無邪気な声。
『約束しましたよね……』
「……っ!」
男は歯を食いしばり、頭を抱える。
「こいつ……一体、何者なんだ……!」
その夜、修道院にはしばらくの間、
男の苦悶の声が響き渡っていた。
◇◆◇
――翌朝。
アルフィリーナは、ゆっくりと目を覚ました。
「ふぁぁ……よく寝ました……って、あれ?」
見慣れた天井。
だが、寝ているのは床ではなく、きちんとしたベッドの上だった。
「ここ……ベッド……? 私、誰かに運ばれたんでしょうか……?」
首をかしげながら部屋を出る。
修道院は、しんと静まり返っていた。
テーブルの上に置かれた丸眼鏡を手に取ると――
その下に、一通の手紙が添えられている。
「あれ……?」
嫌な予感がして、アルフィリーナはごくりと喉を鳴らした。
「と、とんでもないことが書いてありませんように……」
恐る恐る、封を開く。
――
『お嬢ちゃん。
俺は今までずっと、「人を信じる」ってことが出来なかった。
正直に言うと、金なんてどうでもよかったんだ。
ただ、騙された自分に腹が立ってな……八つ当たりみたいな真似をした。
修道院を荒らしたのも、全部俺が悪い。すまなかった。
だがな……
あんたみたいに、無謀でも必死にどうにかしようとする人間がいるって知って、
正直、柄にもなくビビったよ。
たった一日で、これだけの金を稼いで借金を返すなんてな……』
――
アルフィリーナは、思わず目を瞬いた。
あの怖い人が――
こんな、真面目で不器用な文章を書くなんて。
――
『前任者の借金は、元々百万ゴールドだ。
利息がどうのとは言ったが、今回は元金だけでチャラにしておく。
九十八万ゴールド、勝手に受け取った。
……ありがとうな。
あ、もしもあんたがピンチになったら呼んでくれ。
まあ、そんなことは無いだろうが……少し気になってな。
約束は、守る。
――エターリア・フォルテス』
――
読み終え、アルフィリーナは手紙を胸に抱いた。
「やっぱり……あの人が……」
少し考え込む。
「“気になる”って、なんでしょう……? それに、約束……?」
答えは分からない。
けれど。
「……怖い人でしたけど、悪い人じゃなかったんですね」
小さく、微笑む。
「フォルテスさんも……ただ、人を信じたかっただけなんだ……」
ふと、周囲を見回す。
荒らされたままの修道院。
「……これは、ひどいですね……」
修理費の見積もりを考え、そっと遠い目をした。
◇◆◇
――1週間後
村の通りを歩いていると、
子どもたちの輪の中心に、見覚えのある男がいた。
フォルテスだ。
木の上に引っかかった風船を、無言で取ってやり、
泣いていた子どもの頭を、そっと撫でている。
「フォルテスさん……」
だが、その直後。
「そこの男! 何をしている!」
誤解した兵士たちが駆け寄り、
フォルテスを連行しようとする。
その時、彼は――
どこか諦めたような、不気味な笑みを浮かべた。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
アルフィリーナが慌てて駆け寄り、事情を説明する。
結果、フォルテスはすぐに解放された。
「もう! ああいう時は、ちゃんと説明しないとダメですよ!」
「……そうか。だが、もう慣れてる」
フォルテスは空を見上げ、ぽつりと呟く。
「じいさんをおぶっても人さらい扱いだ。
武器屋に行けば、人殺しに売る武器は無いって言われる」
寂しげな背中。
アルフィリーナは、ぎゅっと拳を握った。
「私は……フォルテスさんが良い人だって分かります。
いつか、みんなも分かってくれますよ」
「……別に構わない。今の方が、俺らしい」
そう言いつつ――
彼は少しだけ、困ったような顔をしていた。
その後。
フォルテスは、懐から一通の手紙を取り出す。
「……これを、読んでくれ」
アルフィリーナは、わくわくしながら封を切った。
――そして、固まる。
⸻
『ごめんね♪
生活費が足りなくて、またお金借りちゃった⭐︎
てへっ!
フォルテスさん、怖そうだけど良い人だよ!
あとはお願いね~(≧∀≦)』
――
「…………」
アルフィリーナは、震える指で手紙を差し出した。
「……これ……」
「前任者だ。断り切れなかった」
「……ど、どうしましょう……?」
「俺は、やっぱりシスターを信じちゃいけない気がしてきた」
その言葉が、本心だと分かってしまって――
アルフィリーナは、慌てて首を振る。
「ダメです! せっかく人を信じられるようになったのに!」
その瞬間。
フォルテスの脳裏に、
あの日の笑顔が蘇った。
『あなたは、そんな悪い人じゃない……』
「……ふっ」
フォルテスは、吹っ切れたように笑った。
「そうか……」
アルフィリーナの肩を、ぽん、と叩く。
「じゃあ――借金三百万だ。期限も利息も気にするな」
「ええええ!? 私が返すんですかあああ!?」
笑いながら去っていくフォルテス。
背後には、泣き叫ぶアルフィリーナの声。
――だが。
フォルテスの表情は、どこか晴れやかだった。
「……なかなか、世の中も捨てたもんじゃないな」
今までの人生で、
いちばん楽しい気分だった。
「しばらく……長い付き合いになりそうだぜ、お嬢ちゃん」
こうして。
前任者とフォルテスに振り回され、
アルフィリーナは――
またしても、多額の借金を背負うのだった。
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